果たして、そうなのでしょうか?
まず、大阪都構想の協定書案は「自治体運営に住民の意思が反映されるように」は設計されていません。特に配慮もされていないというのが、一番近いです。
更に、そもそも「自治体が巨大過ぎて、住民の意思が反映できない」ということ自体が、発言者の感覚的な決め付けなのに、そこに矛盾まで出てくる始末です。
それはどういうことなのか、この記事では見ていきます。
まず、大阪都構想については、橋下氏がその主張を始めた2010年以降、次の4回に渡って、様々な検討がされています。(主に、表舞台の有識者や議員さんよりも、事務局となる府市の職員さんの手によって、膨大な資料が作成されました)
(1)大阪府自治制度研究会 2010年4月〜2011年1月(大阪府に設置された、有識者による研究会)
(2)大阪府域における新たな大都市制度検討協議会 2011年7月〜2011年9月(大阪府議会に設置された協議会。維新と共産のみ参加)
(3)大阪にふさわしい大都市制度推進協議会 2012年4月〜2013年1月(知事、市長、府議会議員、市議会議員参加の協議会)
(4)大阪府・大阪市特別区設置協議会 2013年2月〜 (いわゆる「法定協議会」)
これだけ検討を重ねながら、「住民の意思反映のための、基礎自治体の最適規模」も、「住民の意思反映が可能な、基礎自治体の限界規模」も、一度も検討されたことはありません。
それどころか、「住民の意思反映ができているか」についての指標の整理すら行ったことが無いので、30万人規模の特別区の話が出ても、70万人規模の特別区の話が出ても、「住民の意思反映に適切な規模か」も「巨大過ぎて、住民の意思反映ができていないことはないか」も、客観的な議論はできません。
ちなみに、特別区の最適規模の議論は(1)の大阪府自治制度研究会でだけ、検討され、主に「人口1人当たり行政経費が最も小さい(=最も効率的)」という理由で、30万人規模が最適とされました。
ただ、その後、(4)の大阪府・大阪市特別区設置協議会で、7区案(37万人規模)は、5区案(52万人規模)より「コストが割高だ」として否定されました。(参照:5区案による30万人規模最適の否定は「こんな試算、やらない方がマシ」を示す)
話を戻します。
「住民の意思反映ができているか」の指標すらないのですから、特別区の規模については、ひたすら、感覚的な議論が交わされることになるのですが、それも、いつの間にか変わっているようなのです。
2010年当時、橋下氏が30万人規模の特別区を主張していた時は、次のように発言していました。
「僕は色んな市町村長と話をしましたが、共通していうのはこの言葉、『50万人を超えたら、もう住民のみなさまの顔が見えなくなる』、みんな言ってます」(大阪維新の会 生野区タウンミーティング 2010.06.22より。元記事)
つまり、住民の意思反映を考えたなら、50万人規模が限界と主張していたのです。
2013年の堺市長選では、情勢が不利になる中で「(堺市を特別区に)分けるなら2つ、分けなければ1つ」みたいな説明になっていきますが、選挙戦に突入する前は、橋下氏は人口84万人の堺市について「基礎自治体は50万人が限界だ。『40万人ずつ二つに割る』と逃げずに表現すべきだ」と主張していたと報じられています。(元記事)
でも、協定書案で示されているのは、南区69万人、北区63万人、東区58万人です。
橋下氏の「基礎自治体は50万人が限界だ」という説からすると、限界を超えていることになります。
身近というには巨大な特別区になっている協定書案のため、説明には工夫が要るようで、現状、次のような展開の説明になっていると理解しています。
(1)270万人規模の大阪市は、巨大で住民の意思が反映できない。
(2)5つの特別区は、現状の大阪市より住民に身近だ。
(3)住民に身近な特別区は、住民の意思が反映され、地域ニーズを反映したきめ細やかな住民サービスができる
(2)の「大阪市より住民に身近」を、(3)で「住民に身近な特別区」にしてしまうのです。
次のような例に当てはめると、ポイントが分かり易いと思います。
(1)270万本に1本しか当たりのない宝くじでは、「全然、当たる気がしない」でしょう。
(2)(賞金を減らして)当たりを5本にしたら、当たりが1本の時より当たり易くなります。
(3)当たり5本になって、当たり易くなった宝くじに、きっと満足頂けます。
言葉だけ聞くと、それらしく聞こえますが、「当たり1本より、5本の方が当たり易い」は正しくても、「当たり5本なら、当たり易いと感じて貰える」訳ではありません。
270万本に当たりくじ1本で「全然、当たる気がしない」と不満な人は、270万本に当たりくじ5本でも「全然、当たる気がしない」と思うでしょう。
わたし自身は、大阪市政に全く市民の声が届いていないとは思わないですし、60万人規模とかの特別区になって、すっごく住民の意思が反映されるとも、思っていません。
わたしが望む住民サービスのためには、260万人規模か60万人規模かより、財政力だったり、専門性も含めた行政組織の厚みだったり、市民のために心を砕いてくれる市長さんだったりが大事だと思ってるので、財政力を削り、行政組織も全然期待できなくなる特別区への移行は、マイナスだとしか思いません。
でも、それはわたしの感じ方で、あなたは違う感じ方なのかもしれません。
大阪都構想は、住民の意思反映ができるように(=自治体の規模が大き過ぎたりしないように)十分に配慮して、特別区の設計をしている訳ではありません。
それでも、あなたは「巨大過ぎる大阪市」に不満で、大阪都構想の実現で「特別区の自治体運営に、住民の意思が反映される」ことを期待するのかもしれません。でも、それなら、「大阪市より近い」とかではなく、あなたの望む「住民に近い自治体運営」が本当に実現されるのか、確かめるのは、大事なことです。
「子供部屋が欲しい」と家の建て替えをするのに、子供部屋の無い設計図での建て替えでは、意味が無いのですから。
橋下氏らのタウンミーティングで大阪都構想の説明をする時、東京の23区を比較に出しますが、「市税を大阪府の税金にしてしまうような特殊な制度」を除けば、大阪都構想の特別区の設計で参考にされているのは、豊中市、高槻市、東大阪市、尼崎市、西宮市の5市です。
南区69万人、北区63万人、東区58万人を超える巨大な市は、大阪府内には大阪市と堺市しかありません。
だから、50万人超の規模の特別区で、あなたの望む「住民に近い自治体運営」が実現できるなら、大阪市・堺市以外では、大阪都構想が理想とする「自治体運営に、住民の意思が反映され、地域ニーズを反映したきめ細やかな住民サービス」は、既にどこでも実現されている「はず」です。
大阪市の市外には、あなたが理想とする市役所の姿が、限りなく広がっていますか?
(追記)
ジャーナリストの吉富有冶さんが、この記事と同じテーマをまとめていたのが、興味深かったので、ご紹介しておきます。
連載企画「大阪都構想を考える」その5
住民にやさしい基礎自治体 〜「ニアイズベター」という名の言葉のマジック
(追記2)2015.04.05
大阪都構想の協定書案では、現行24区役所の内部事務は、特別区の区役所へ集約しますが、現行の24区役所の場所に、市民への窓口対応を行う支所を置くとしています。
これは「今の区役所の場所で、今まで通り申請などができるから、遠い特別区の区役所まで市民が行く必要はない」と説明するためですが、「住民に近い自治体運営」には大きなマイナス面があります。
窓口事務は、職員が市民の声を直接聞く機会としても大切なのですが、支所に窓口事務だけを切り離すことによって、特別区の区役所の職員が、市民の声に直接接する機会を大幅に減らしてしまうのです。
大阪都構想の協定書案は、特別区の「住民に近い自治体運営」を強調するのですが、市民の声を届き易くするための制度設計には、かなり無頓着です。
【大阪都構想のまとめ記事】
大阪都構想って、こういうこと
論点1:二重行政の無駄解消って、どれくらい?
論点2:広域行政一元化で、大阪が成長するの?
論点3:特別区になると、住民の意思が反映されるようになるの?
論点4:大阪市民だけが、市税を割いて余分に府財政を負担する
論点5:特別区の行政サービスは低下する
論点6:特別区のコスト試算は杜撰
総論:大阪都構想のメリット・デメリットを見てみたら
過去記事の整理:大阪都構想の議論のかけら
〇橋下氏街頭演説 こういう大阪都構想の説明はいけないと思う・再び(ミニ版)
〇大阪都構想の「事業配分に沿った財源配分」が、大阪市民に損だと思う3つの理由
〇協定書の大阪都構想が出来が悪いのは、こんな所
〇橋下氏の「2200億円は、大阪市域外には流れない。特別会計で管理する。都区協議会がチェックする」に矛盾と思うこと
〇特別区の区議数を、現在の大阪市議と同じ86人にしたのは妥当か?
〇大阪都構想を知るには、協定書を読めばいいのか?