2014年06月28日

大阪都構想は何を間違えたのか?(その1)スケジュール

 このような記事タイトルですが、大阪都構想の制度的問題を論じる趣旨ではありません。
 昨年の今頃は、まだ様々な問題指摘をされながらも、大阪都構想には、それなりに、普通な実現可能性があったと思います。
 でも、最近は、法定協議会委員の強引な入れ替えを行うなど、色々暴走状態ばかりが目立ちます。

 何を間違えた結果と言えば、筆頭に挙げられるのは、今年1月末の第13回特別区設置協議会(=法定協議会)後の橋下市長・松井知事らによる「ちゃぶ台返し」的な出直し市長選の表明ですが、それは、そこに至る様々な失敗の集積の結果だったように思います。

 橋下氏ら維新サイドから見て、出直し市長選に至らない選択は無かったのか?出直し市長選に至ってしまったのは、何を間違えた結果なのか?
 何となく感じていることを、少しまとめてみたいと思います。


 まず今回は、スケジュールの問題についてです。

 出直し市長選の理由に掲げられたのは、2014年1月31日の第13回法定協議会で橋下市長・松井知事らが求めたパッケージ案の区割り4案のうち1案への絞り込みが反対多数で承認されず「このままでは(2014年の)夏までに設計図を完成できない」としたことでした。

 つまり、表面的には「スケジュールの問題」だった訳です。
 わたしは、スケジュールの問題が決定的理由だったと思いませんが、行動を焦らせたり、選択肢を狭めたといった影響はあったと思います。
 「スケジュールの問題」をもっとマシにする選択肢は、無かったのか、今回は考えてみます。

 まず、期間設定の最初は、2011年4月の府議・市議選で大阪維新の会が掲げたマニフェストで、2015年4月の大阪都構想実現を掲げたことです。
 当時、人気絶頂でしたから、(次回選挙でボロ負けしてもいいように)次回の府議・市議選までに済ませたいということだったと思われます。

 ただ、「大阪市の旧東区・旧南区(=現・中央区)の合区だって10年かかったのにできる訳がない」の声が、専らだったと記憶しています。
 また、例え住民投票を行い、大阪都構想の実施が決まったとしても、システムの移行作業だけでも最低3年はかかるという話もその後、出てきました。
 4年間で大阪都構想の議論をまとめ、移行の作業を行うのは、時間的に困難という評価が多かったのは、事実です。

 2011年4月〜10月の約半年間は、府議会に協議会を設置して、維新・共産で議論となってますが、府職員に資料を作らせて、知事・市長ダブル選挙のマニフェスト別添の「大阪都構想推進大綱」をまとめていたと言うのが、実質に近いと思います。
 半年かけて、大阪都構想のラフスケッチを描いたというところでしょうか。

 橋下市長の市長就任が2011年12月、設計図の取りまとめ期限を2014年6月とすると、この時点で、作成期間は2年7ヶ月が最大期間だったことになります。
 ただ、すぐに法定協議会の設置はできませんでした。法定協議会設置の根拠となる「大都市地域における特別区の設置に関する法律」がそもそもありませんでしたから。
 でも、2年7ヶ月しかないのに、ぼーっと待ってる訳にいきませんから、2012年4月に大阪府と大阪市で「大阪にふさわしい大都市制度推進協議会」が設置されます。

 本来、法定協議会の先行組織になるはずのものでしたが、見ていた限りでは前年に府議会の協議会の内容の焼き直しといった感じで、実質的な設計が進んだという印象はありませんでした。
 「大阪にふさわしい大都市制度推進協議会」は、2012年4月から9月までの半年で6回行い、9月の第6回で特別区設置協議会(=法定協議会)への移行を強行採決し、以後開店休業。2013年1月に第7回が行われますが、それだけです。

 特別区設置協議会(=法定協議会)の設置は2013年2月。2012年12月の衆議院選のために、市議会を途中で閉会しちゃったので少し設置が遅れました。
 では、橋下市長就任の2011年12月から2013年1月までの1年2ヶ月で大阪都構想の設計図の取りまとめは、何が進んだでしょう。

〇「大阪にふさわしい大都市制度推進協議会」が7回行われましたが、実質的な進展はあまり見られません。

〇2012年8月まで区長公募を行い、公募区長により2012年11月までかけて、区割り4案を作成しました。議会も市民も置き去りで、役人ベースの区割り案を作っただけ(しかも、1案に絞り込まず、それまでの30万人規模がなぜ50万人規模になったかも不明)なのに、約1年がかりと考えるとスケジュール配分はうまくないと思います。

〇府市統合本部会議で、大阪府・大阪市の事業部局や外郭団体の統合について、整理しました。
難しい部分の整理を行ったという点では評価できるのですが、統合による効果出しに余り踏み込めなかったことと、事業部局と外郭団体の統合が目くらましになって、府庁本体が検討から外れてしまったので、功罪でいうと、罪の方が大きかったかもと、思っています。

・・・と、これくらいです。

 この結果、大阪都構想の設計図の取りまとめは、特別区設置協議会(=法定協議会)設置の2013年2月から1年4ヶ月で、その大半を行うことになりました。

 当初、10年でも難しいと言われていた「大阪都構想の設計図の取りまとめ」が1年4ヶ月でその大半を行うというのですが、相当に会議を頻繁に行って、精力的な協議が必要なはずです。
 では、実際にはどうだったでしょうか?

 第1回協議会で示された協議スケジュール(元データ元サイト)を要約すると、こんな感じです。

【第1ステージ 区割り、事務分担】
第1回 2月27日 区割り 事務局案説明
第2回 4月上旬  区割り 協議

第3回 4月下旬  事務分担 事務局案説明
第4〜6回 5月中に3回程度 事務分担 協議

【第2ステージ 事務分担、財源、体制、財産など】
第7回 7月下旬 事務局案説明
第8〜11回 8月〜9月中旬に4回程度 協議

【第3ステージ 区議会定数、区の名称など】
第12回 10月下旬 事務局案説明
第13〜16回 11月〜2月に4回程度 協議

【区割り案を絞り込み】

【第4ステージ 協定書とりまとめ】
平成26年4〜6月に3〜4回

 なんか、それらしいですけど、実施結果から見てみると、色々とダメダメです。
 例えば、
〇第1ステージが実質の内容が無いのに、時間を掛け過ぎ
〇第2ステージの内容が膨大過ぎて、形だけの協議で終わらず、実質的な内容の協議が始まると、こんな回数で足りるはずがない。
〇第1回と第2回、第6回と第7回の間の期間が空いていて、それでなくても期間が足りないはずなのに、検討前半でどんどん時間を浪費するスケジュールになっている。
〇第3ステージの検討内容は、区割りの絞り込み無しでは現実的に困難なのに、区割り案の絞り込みが第3ステージ後に設定されている。
などなど

 それでもって、実際の実施状況は、もっとダメダメです。(元サイト
【第1ステージ 区割り、事務分担】
第1回 2月27日 区割り 事務局案説明
第2回 4月12日 区割り 協議

第3回 4月26日 事務分担 事務局案説明
第4回 5月16日 事務分担 事務局へ質疑
第5回 5月31日 事務分担 協議

【第2ステージ 事務分担、財源、体制、財産など】
第6回 8月9日  パッケージ案 事務局案説明
第7回 9月13日 パッケージ案 事務局へ質疑
第8回 10月30日 パッケージ案 事務局へ質疑
第9回 11月15日 パッケージ案 協議
第10回 12月6日 追加資料 事務局案説明
第11回 12月20日 追加資料 事務局への質疑
第12回 1月17日 追加資料 協議
第13回 1月31日 区割り案絞り込み提案

 まず、第1ステージですが、この表だけで比べると協議の回数は少ないですが、ほぼ予定通り進んでるように見えます。でも、実は、協議結果が何も残らないまま、すっ飛ばしているだけです。

 まず区割りの協議ですが、区割り4案を示して「それぞれ意見を言ってください」だけですから、それぞれの委員が、それぞれの意見を言うだけです。この議論の進め方で何かがまとまるはずもなく、「区の組み合わせの議論は、(第2ステージで)特別区の規模を決めてから、改めて議論しましょう。」と決めただけです。(そういう話になっていたのですから、橋下市長らが第2ステージで「区割りを4案の中から選べ」と迫るのも、おかしいのです。)
 これだけの話に、2回の協議会と2ヶ月の期間は、もったいなさ過ぎです。

 事務分担の協議ですが、5月末までかかってますが、3回予定の協議は1回しかされていません。それでも、協議が終わったのは、委員が事務局の事務分担案の妥当性を検討するために質問しても、「第2ステージのパッケージ案で示す内容になります」という答弁ばかりで、ほとんど第2ステージに持ち越しになったからです。
 実は、ここで問われた情報にパッケージ案に無い情報も一杯ありましたし、第2ステージに持ち越しになったはずの事務分担の判断が、「委員の質疑から、事務局が勝手に判断しました」になっていて、実は事務分担についての協議結果はうやむやにされてしまっています。
 それでも事務分担の議論が、第2ステージで問題にされなかったのは、パッケージ案の問題点が多すぎて、第1ステージの話など振り返っていられなかったからです。

 結局、第1ステージの話は、「区割りの話は後で」と「事務局が事務分担についての委員の感触を掴みたかった」だけですから、第2ステージを始める8月まで、協議としては時間をロスしたようなものです。
 実際には、第2ステージまで5か月のうちの多くは、事務局がパッケージ案を作成する作業期間に充てたのだと思います。でも、特別区設置協議会が設置されるまでの時間を有効に活用していれば、特別区設置協議会設置後の1年4ヶ月の協議期間を、何ヶ月も作業期間でロスする必要も無かったのです。


 次に第2ステージですが、5回の予定が(第13回をカウントしないとして)7回行っても、まとまりません。それなのに9月の終了予定が1月になってしまっています。
 根本的には、第2ステージで議論するパッケージ案の内容が、膨大なのに完成度が低く、それなのに事務局がしっかり是正する姿勢を示さないという、どうしようもない状態だからなのですが、パッケージ案の内容的部分は次回に回すので、スケジュール進行の話に絞ります。

 第2ステージ、5回程度を8〜9月の2ヶ月間で行うスケジュールだったのに、第2ステージの5回目(第10回)は12月になっています。第2ステージで議論が噴出しているのに、予定よりずっと遅いペースでしか、協議会が開催されていません。スケジュールが遅れるに決まっています。

 予定では第2ステージ5回のうち、1回が事務局説明で、4回が協議の予定だったのに、実際は7回のうち、2回が事務局案の説明で、3回が事務局への質疑、協議は2回だけです。協議でも、委員間の協議というよりも、橋下市長・松井知事と委員の議論が多かった印象があります。協議と事務局への質疑の差は、あまり無かった印象があります。

 でもスケジュールと違って、第2ステージが委員間協議よりも事務局への質疑ばかりになってたのは、それでいいのだと思います。
 結局、第2ステージの議論は、委員の間の意見の相違を協議で調整するというよりも、膨大なパッケージ案について、各委員が心配する点について、事務局が的確に問題がないことを説明するか、心配する点を汲み取ってパッケージ案の完成度を上げるかしないと、まとまらないからです。

 橋下市長らは出直し市長選当時から、野党会派が入り口論に終始して議論の進行を妨げているといった印象操作を行っていますが、事実は全く違います。
 自民・民主・共産は、反対の立場は表明しつつも、事務局案を精査し、的確に問題の指摘をしています。更に、自民・民主・共産が何を言っても、基本的には事務局側(橋下市長、松井知事を含む。)は、ゼロ回答または聞き流すだけなので、議論を妨げようもないのです。

 協議会の第2ステージの中で、自民党や民主党の質疑の割当時間に、「答弁の名目で」橋下市長がしゃべりまくって時間を潰し、質問の委員がもういいと言っても橋下市長がしゃべりまくって時間を潰し、それでも議長は止めず、それで時間になったからと議長が自民党や民主党の委員の質問を途中で止めさせるという場面なら、幾度と無く見ましたが。


 公明党は反対の立場ではなく、橋下市長らとしては、ぜひ賛同を得る必要がありましたが、公明党の委員が心配する点について質問や資料要求をしても、十分な説明がなかったり、説明や資料要求を拒否してました。話がまとまらなかったのは、こちらが原因です。(具体的な内容は次回に。)

 第2ステージのパッケージ案、膨大で重要な内容で、「予定回数の会議を消化したから承認を」などと言ってまとまるものではありません。
 それなのに、会議の開催ペースはのんびりで、事務局案の完成度は低くて、(公明党の)委員の心配する点にも、しっかり応える説明をしない。
 これで予定が遅れてるから、先のステージに進ませろと言っても、委員の賛同が得られるはずもありません。(維新の委員のみなさんが、なぜ賛同できるのだろうと思ってしまいます。)


 今回のまとめです。
 1月末の法定協議会で区割り案の絞り込みに反対され、「このままでは(2014年の)夏までに設計図を完成できない」と橋下市長らは出直し市長選に踏み切っりました。
 でも、元々4年間で「設計図を完成」というのも、普通に無理があるスケジュールなのに、知事・市長ダブル選挙後も、すぐに「設計図作りに邁進」することはなく、実質、特別区設置協議会(=法定協議会)設置後の1年4ヶ月で作ることになってしまいました。
 それなのに、第1ステージの当初5か月間、あまり内容のある議論を進めせんでした。
 ところが第2ステージのパッケージ案の議論になって、急に膨大で濃密な事務局案の議論となったのに、会議の開催ペースは予定よりスローペースで、事務局案の完成度は高くない。それなのに、事務局案の心配な点を指摘しても、十分な説明がなかったり、説明を拒否したりで、3ヶ月の予定が6ヶ月かかって、まだ終わらない。
 ・・・という話。

 わたしには、スケジュール的には、もっとうまくやる方法がいくらでもあったのに、夏休みの宿題を8月31日まで溜め込んで、「こんなに焦って宿題を片付けてるのに、手伝わないとは何事や。1時間がどんだけ大事や思てんねん」と怒ってる人を見ている気分です。

 でも、スケジュールの問題は、わたしは表面的な問題と思っています。
 1月末の法定協議会で区割り案絞り込みで決裂に至ったのは、大阪都構想のパッケージ案の内容や、指摘への対応方法に、より問題があったと思っています。
 次回は、その点について採り上げたいと思います。
 

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posted by 結 at 22:11| Comment(0) | その他 | 更新情報をチェックする
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