2012年11月30日

特別区の区割り4案が色々と変

 維新の会の話題というと、衆議院選挙の話ばかりの昨今ですが、このブログはあくまでも、大阪都構想の話です。
 このブログは、大阪都構想の話題を中心に扱ってますが、区割り案にはあまり言及してきませんでした。それは、区割りが例えマシな案であっても「大阪都構想そのものに問題があるので反対」というのは変わらないので、言及してこなかったというのがあります。
 それよりも、大阪都構想の是非に直結する、特別区の財源問題、府と特別区の業務配分、大阪市の特別区分割によるコストの増減や行政能力の低下などに着目し、大阪市民の住民サービスが維持されるかの情報を求めてきました。

 でも、区割りは大切です。それは、大阪市民にとって、大阪市に替わる自分の基礎自治体が、どのようなエリアなのかを示すからです。

 2012年11月14日、区割り試案4案が示されました。
 この4案を元に議論を行い、2013年7月頃に、1案に絞るのだそうです。
 今回は、この区割り4案について、見ていきたいと思います。

 区割り4案を概観するために、いくつか記事から、抜粋して見てみます。

--------------------------- 引用開始 ---------------------------
大阪市再編、区割り4案を公表 15年春の発足目指す
朝日新聞デジタル 2012年11月14日15時38分
http://kiziosaka.seesaa.net/article/301842298.html

 大阪市は14日、橋下徹市長が掲げる大阪都構想に向け、24行政区を再編して発足する特別区の区割り素案を公表した。人口267万人の市を5区か7区にまとめる計4案。橋下氏は2015年春に府市再編と特別区発足を実現する目標を掲げており、府・市議会との議論を経て最終案を絞り込み、住民投票にかけることになる。

(略)

大阪市の区割り素案.jpg

--------------------------- 引用終了 ---------------------------

読売新聞2012年11月14日「大阪都 区割り4案発表 キタ・ミナミ合体も」より一部抜粋(元記事
--------------------------- 引用開始 ---------------------------
 橋下市長が掲げる都構想では、24区を8〜9の特別区に再編するとしていたが、将来的な人口減少を見越したうえで、PTは、2035年の1区あたりの人口が中核市並みの30万人規模となる7区案2種類と、45万人規模の5区案2種類の計4案をまとめた。

 組み合わせの判断材料は▽過去の分区と合区の歴史▽鉄道・幹線道路の結びつき▽商業地、港湾地区といった地域特性――など。7区案、5区案の各1種類で、税収トップの中央区と2位の北区を合わせ、繁華街「キタ」と「ミナミ」を抱える特別区を設けて、大阪をリードする商圏とする案を盛り込んだ。
--------------------------- 引用終了 ---------------------------

毎日新聞2012年11月14日「大阪都構想:税収格差、最大4倍 特別区4案発表」より一部抜粋(元記事
--------------------------- 引用開始 ---------------------------
 7区のA案(注:朝日記事の7区分離案)は、商業地をキタ(梅田など)とミナミ(難波など)に分け、それ以外の区は住宅地とする。B案(7区合体案)は中央・北区を合わせて商業地を集積。浪速区から生野区を東西に結ぶ区は、天王寺を拠点とした開発を目指す。

 5区のC案(5区合体案)は、中央・北の両区に加え、天王寺区や阿倍野区も統合して市全体の発展を引っ張り、周囲の東西南北に住宅地を配する。D案(5区分離案)は、港区や住之江区など臨海部の6区を統合し、中央・北区は分離する。

--------------------------- 引用終了 ---------------------------

 ざっくりと整理すると、次のようなところでしょうか。
〇商業地域の北区と中央区を統合し商業地域を集積する案と、分割する案を機軸とし、将来人口が30万人規模の7区案と、45万人規模の5区案を作ったようです。
 結果として、7区案(北区・中央区合体)と7区案(北区・中央区分離)と5区案(北区・中央区合体)と5区案(北区・中央区分離)の4案です。

〇組み合わせの判断材料は▽過去の分区と合区の歴史▽鉄道・幹線道路の結びつき▽商業地、港湾地区といった地域特性など

〇これまで橋下市長は、30万人規模で8〜9の特別区と説明してきましたが、7区案とは、人口減少が想定される中、2035年の予想人口で30万人規模ということのようです。
 5区案がなぜ出てきたのかは、よく分かりませんが、案を作った区長さん方に、30万人規模では「小さ過ぎる」という思いがあったのでしょう。5区案では概ね50万人台程度、最大61万人の特別区になります。(元データ1元データ2

〇記事では特別区の財政格差、税収格差を指摘する意見があるようですが、ここでは採り上げません。それは財政構造の中で見ていく問題ですし、区間格差がなくても、現状の住民サービスの維持がおぼつかないなら、意味がないと考えるからです。


 ということで、今回の区割り4案を見て思ったこと。

 まず、大阪市民にとって4案もあっては、区割り案にはならないなぁって一番に感じました。
 「区割り案を早く出せ」と求められてきた理由は、大阪市民ひとりひとりにとって、大阪都構想により、自分の住む基礎自治体が、大阪市からどのようなエリアに変わるのかを、明確に理解するためだと思っています。

 でも、住之江区民を軸に、この4案をみると、こんな風になります。
大阪市区分地図(4案併記)住之江区.jpg

 西淀川区・此花区と一緒になる案と、平野区・東住吉区と一緒になる案が同時に示されるって、違い過ぎませんか?
 住之江区民は、どの案で、特別区になった時の自分の住むマチの姿を思い描けというのでしょう?

 都島区民を軸に、この4案をみると、こんなのです。
大阪市区分地図(4案併記)都島区.jpg

 北区・中央区と一緒になる案と、淀川区・東淀川区・旭区と一緒になる案、違い過ぎるでしょう。
 結局、この区割り4案を示されても、バラバラ過ぎて、自分の住むマチの姿は浮かんでこないのです。

 例え4案でも、それぞれがしっかりした案で、それぞれの区民が(区民投票などで)どの案でも自由に選んでくださいというなら、まだ意味があります。
 でも、最終的に区割り案は1つしかありえませんから、24区の区民がそれぞれ選ぶなどできません。
 更に、この4案で区長が区民に説明をするというけれど、どの案にするか決めるのは、結局市役所で、説明する区長が決定にどう関与するかさえ、不明な有様。来年7月に1案に絞り込まれるまで、区割り案がはっきりしないまま、貴重な期間が過ぎていくだけになりそうです。

 特別区の実現は、2015年4月の予定ですですから、住民投票による決定から実現まで、事務的な移行作業が必要なことを考えると、2年でも短過ぎるくらいです。(参考:「大阪維新の会マニフェスト雑感(その4)」)
 2013年7月に区割り案を1本にしたとして、それで自分たちの住むマチがどのようになるか、ほとんど議論する間もなく、すぐに住民投票ということになり兼ねません。

 4案を提示する意味は、区長が区民に説明する場面で、A案に問題があると指摘を受けた時、B案なら大丈夫ですと言い訳をするためとしか思えません。しかも、そう説明してても、A案になるかもしれないという、市民にとって意味の無い言い訳のための。


 それでも、区割り4案の内容も見てみました。すると、ざっと見ただけでも、色々と変だなと思う点が見つかります。

 今回の区割り案の資料は、大阪市のコチラのページで見ることができます。
 そして、各区割り案の考え方を次のように説明しています。
7区合体案
7区分離案
5区合体案
5区分離案
(詳しくは、リンク先参照。また「7区案(北区・中央区合体)」などをこのように略しました。)

 まず、この考え方を見ていると目立つのは、例えば「都島区は旧北区より分区」という種類の説明です。
 地域・コミュニティの結びつきを考慮するのだとして、この例でいうと「都島区は過去に北区から、分区してできた区だから、北区と都島区の地域的結びつきは、ひとつの特別区になるのがふさわしい。」という考え方なのかと思います。

 ただ、本当にそういうことをきちんと考えて、この案って作られてるのかなぁ?と疑問に思うのです。

 参考資料の中に「大阪市 行政区の変遷(イメージ図)」という分区・合区の歴史を一覧の表にしたものがあったので、それぞれの案で、どの分区の経緯(つまり、分区前の地域の繋がり)を大事だとして、この「考え方」に挙げているかを書き込んでみました。
行政区の変遷マーク入り.jpg

 表の分区の部分で、丸に色が入ってるのが、各案の「考え方」に挙げられたものです。
 これをどう思うかは、それぞれと思いますが、わたしは次のように思いました。
(1)直近の1974年の分区のうち「東淀川区と淀川区」「城東区と鶴見区」「東住吉区と平野区」は全部の案で採用してるので、重視してると分かります。
 逆に1974年の分区のうち、「住之江区と住吉区」だけが何故採り上げていない案があるのか理由を知りたいところです。

(2)それ以外で、4案全部で採り上げられているのは、1925年の旧南区から分区した天王寺区と浪速区(旧南区=現中央区は含まず)と、同じく1925年の西区から分区した港区と此花区(西区を含まず。また、この分区の時の旧港区は、その後港区と大正区に分区されるが、大正区を含まず。また、この分区の時の旧此花区は、その後此花区と福島区に分区されるが、福島区を含まず。)の2組のみです。
 でも、この2組、本当に重視したのでしょうか?なにしろ、1955年、1943年、1932年の分区を飛ばして、1925年の分区で、しかもその地域の一部だけなのですから。

(3)(1)(2)以外の分区は、各案で採り上げたり、採り上げなかったりです。
そのため、「その分区を重視してるけど、どうしても他の理由でその分区(=地域の結びつき)を無視せざるを得ない案ができてしまった」のか、それとも、「その分区を重視してないけど、分区したってことは隣同士だから、数合わせでくっつけたら、たまたま過去に分区してただけ」なのか、それは分かりません。

(4)でも、重視してるにしては、採り上げたり、採り上げなかったりがバラバラ過ぎるので、「くっつける区の候補がふたつあって、どっちでもいいなら、過去に分区してるところを一緒にした方がいいよね。」程度にしか見えません。
 なにしろ、1943年の住吉区、阿倍野区、東住吉区の3区への分区など、4つの案で全部違う組合せで採り上げてるのに、この1943年の分区を一緒にする理由に挙げてるなんて、ふざけたケースまであります。


 また、各案の考え方を見ていると、「鉄道および幹線道路による結びつきを重視」とか「鉄道および幹線道路・高速道路による結びつきを重視」という説明が、ほとんどの説明にでてきます。
 どのように重視したのかは、この説明からではよく分かりませんが、地域の結びつきとして「交通」を本当に重視してるのか、疑問に思ってる点があります。淀川で分断された特別区が、案にいくつも含まれてるからです。

 まず、当たり前の地理的確認ですが、西淀川区、淀川区、東淀川区と此花区、福島区、北区、都島区、旭区の間には、淀川があります。川幅の広い川で、大きな橋が何本も架けられています。自動車で移動する分には、あまり関係ないかもしれませんが、大きな橋なので、徒歩や自転車で渡るのは一苦労です。当然、人の移動も、コミュニケーションも少なくなります。

 西淀川区は、なぜか4つの案にひとつも、隣の淀川区と一緒になる案が無いので、全ての案で川向の此花区と分断された特別区になります。(多分、この案を作られた方は、「港湾地域」という地域分類がお好きなので、西淀川区を此花区、港区と切り離すことは考えなかったのでしょう。)
 淀川区、東淀川区は、7区案では、この2区だけで特別区になってますが、5区案では、川向こうの都島区・北区または都島区・旭区と分断された特別区になります。
 淀川区、東淀川区だけでは、5区案の人口規模に足りないので、地域の一体性よりも優先したのでしょうか?それとも、この案を考えた方は、普段、徒歩や自転車で淀川を渡ってなくて、土地勘もないまま机上で案を作られたのでしょうか?

 基礎自治体が、大河に分断されていてはいけないという法律はないし、そういう自治体もあるでしょう。でも、地域を重視するとして、新たな基礎自治体のエリアを決めるのに、わざわざ淀川で分断された基礎自治体を提案するのは、変だなぁと思います。
 公共施設を作る時も、川のどちら側に作るかで揉めますよ、きっと。それとも、2つずつ建設する自治体になるのかな?


 それから、各案の考え方を見ていると、商業地域や港湾地域を核にした開発重視の姿勢が見えます。
 7区分離案から、少し挙げると、
Aブロック(都島区、北区、福島区)
・梅田を中心とする東西軸の商業地域を集積
・商業地域を支える住居地域としての都島区、福島区を活性化
Bブロック(此花区、西区、港区、大正区、西淀川区)
・西部・西北部港湾地域および隣接商業地域(西区)を集積
 →商業地域を後背地とした一体的な港湾開発を考慮
・・・といった感じです。

 確かにここで説明されたように、地域の商業・産業が活性化されるなら、良いことです。ただ、ちょっと変に思うのは、特別区の区役所って、そういうことをするんでしたっけ?

 港湾機能にしても、都市計画(特に中心商業地域の都市計画)にしても、大阪都構想では、大阪府が担当のはずで、特別区は都市開発するような権限も、財源も持ってないはずです。それなのに、港湾地域や商業地域の一体性を、特別区の区割りで確保することに、何の意味があるのか、分からないのです。
 もし、港湾地域や商業地域が、特別区によって分断されることで、一体的開発が妨げられるなら、大阪市を特別区に分割すること自体が誤りで、大阪市のまま一体の基礎自治体の方が、地域の活性化の商業・産業の繋がるってことになります。
 少なくとも、「商業地域を支える住居地域としての都島区、福島区を活性化」なんて、もっともらしく書いて「都島区、北区、福島区」の特別区を作っても、都島区の住民で梅田で働く人が、特に増えるとも思えません。


 では、大阪市の特別区へ分割するのって、どういう理由だったのでしょう?
 その理由・目的は、この区割り案で、きちんと実現されるようになってるのでしょうか?
 最近、橋下市長は、区長公選制や特別区の必要性について、あまり丁寧に説明しないので、少し以前の(知事時代の)橋下市長の説明を振り返ってみます。

・・・と続ける前に。今回の記事は、ふたつ結論を書きます。当初、予定していた結論があったのですが、調べていくうちに別の「こっちの結論しかないんじゃない?」と思うようになってしまったので。しかも別の結論って、ここまでの話を台無しにしてしまうものなので。

(最初、予定していた結論)
 過去に橋下市長(当時は知事。)は、区長公選制について、次のように説明されてます。(大阪維新の会 福島区タウンミーティング 2010年5月29日より)

--------------------------- 引用開始 ---------------------------
 今必要なのは、福島区はどのサービスを採るか?敬老パスを採るのか?子育て支援策を採るのか?教育の充実を採るのか?保育所の充実策を採るのか?学童保育を採るのか?(略)まぁ、何でも、いいですね。
 どれを選ぶ、それがこれからの時代。どれを選ぶということをやる時に、選挙で選ばれた区長でないと、判断できません。福島区と僕が住んでいた東淀川区、天王寺区、西成区、全部一緒な訳ないでしょ。
 子供が多い区、高齢者が多い区、残念ながら失業者が多い区、色々区によっても実情が違う、事情が違う。
 その事情に合わせて、住民のみなさんが一番求めるものは何なのか、細やかに対応するのは、選挙で選ばれた区長にしかできませんよ。
--------------------------- 引用終了 ---------------------------

 つまり、「住民サービスの選択が、大阪市で一律になっているのが、おかしい。それぞれの区で必要とされてる住民サービスというのは違うから、それぞれの区が公選区長を選んで、それぞれの区で予算の使いみちを決められるようにならないといけない。」ということのようです。

 そうすると、区割り案を考えるのだとしたら、各区で住民サービスにどのような需要の傾向があるのか、考えられていないのは、変じゃないですか?
 大阪都構想の中で、都市全体を発展させるような役割は、大阪府が担当し、住民にとって身近なサービスを提供するのが、特別区の役割だったはずです。

 区割り案の中で、北区、中央区は商業地域に位置付けられ、オフィス街の特色をどのように活かすかに着目されています。
 でも、北区にも11万人の人が住んでいますし、中央区にも8万人の人が住んでいます。
 特別区の区役所の役割とすれば、例え北区・中央区にしても、オフィス街などよりも、そこに住む北区で11万人、中央区で8万人の区民に適した住民サービスを提供するには、どうするのが一番良いのかが、区割りを考える基本のように思います。

 上での橋下市長の説明を実現しようとして大阪市を特別区に分割するなら、どういう住民サービスを必要とするかが異なる「子供が多い区」と「高齢者が多い区」をひとつの特別区にしたのでは、意味がなくなってしまいます。
(ただし、「子供が多い区」と「高齢者が多い区」のような純化をしてしまうと、「ニュータウン」のような同じ世代の住民だけが集まる弊害が発生しがちであることも、指摘をしておきます。)

 少なくとも、大阪市の地域を、商業地域、港湾地域、居住地域としか分類しない、また、商業地域や港湾地域とした区を居住地域として捉えない、そんな区割り案は、変だと思うのです。


(こっちしかないと思った結論)

 過去に橋下市長(当時は知事。)は、区長公選制について、次のように説明されてます。
 抜粋部分の音声ファイルもアップしてるので、ぜひ聞いてみてください。約17分です。

大阪維新の会 生野区タウンミーティング 2010年6月22日より
「橋下前知事の区長公選制が必要だとする主張」

 まず、先に言っておくと、わたしには賛同できない話ばかりです。つっ込みどころはいっぱいあって、嘘だろうという点まであります。
 ひとつだけ例を挙げておくと、「僕は色んな市町村長と話をしましたが、共通していうのはこの言葉、『50万人を超えたら、もう住民のみなさまの顔が見えなくなる』、みんな言ってます」と言ってます。
 でも、福島区のタウンミーティングでは同じ話を「30万人を超えたら」と言ってますから、必ずどちらかは嘘です。
 わたし自身はどちらも嘘じゃないかなと思ってます。「住民のみなさまの顔がしっかりと見える市町村の人口規模はどのくらいまでか?」に対して色んな市町村長の意見を聞いたなら、たぶん平均で10万人規模を超えることはないと思うので。

 でも、「なぜ、区長公選制=特別区が必要か」として主張してるかは、しっかりと分かります。
 まず、一番肝心な点は「地域のことは地域で決めないといけない」ということだと思います。そのために、地域で首長や議会を選挙で選んで、地域で予算の使いみちをしっかりと決めないといけないという話なのだと思います。

 一般的な地方自治論では、この「地域」とは、基礎自治体の単位を指すので、大阪市という単位ということになります。
 でも、橋下市長は、生野区民にとっての「地域のことは地域で決めないといけない」とする「地域」とは、「大阪市よりももっと小さな単位だ」「生野区なんだ」と、明確に語っています。

 橋下市長の話から離れても、大阪市より小さな単位考えるという条件ならば、「地域のことは地域で決める」の「地域」や「自分たちのマチ」と言える「地域」って何かと問われたら、一番大きな単位でも現在の24区しかないでしょう。(更に小さな単位なら、「町会」とか住之江区なら「南港」とかあるかもしれませんが。)

 そして、大阪市より小さな単位の「地域」があるとして、市長や市議会を決める基礎自治体の単位が、なぜ「大阪市」ではいけないのかについて、次のように話しています。
--------------------------- 引用開始 ---------------------------
 そしてねぇ、みなさん、こう思うかも分からない。大阪市議会議員がいるから、いいじゃないか。
 違うんですよ。大阪市議会議員は、生野区議会議員じゃないんです。生野区からは今、市議会議員5人ですかね、出てます。でもね、その5人で全部生野区のことを決められないんですよ。24区の議員と色々議論をして、生野区がこうやりたいと言っても、他区がダメだと言ったら、結局それで終わってしまう。市会議員はあくまでも、大阪市全体の議員なんです。
 生野のために頑張る、生野区議会議員を作らなきゃ。14万人もいる自治体なんだったら、自分たちのマチのことを、最終的に決めてもらえる、そういう代表を選ばなきゃいけないんですよ。
--------------------------- 引用終了 ---------------------------

 生野区が「地域のことは地域で決める」の「地域」、「自分たちのマチ」と言える「地域」だとしたら、生野区、東成区、城東区、鶴見区、旭区で作る特別区を作ったとして、上の引用部分の話は、こうなることになります。
--------------------------- 変更例開始 ---------------------------
 そしてねぇ、みなさん、こう思うかも分からない。特別区の区議会議員がいるから、いいじゃないか。
 違うんですよ。特別区の区議会議員は、生野区議会議員じゃないんです。生野区からは今、特別区の区議会議員〇人ですかね、出てます。でもね、その〇人で全部生野区のことを決められないんですよ。生野区、東成区、城東区、鶴見区、旭区から選ばれた議員と色々議論をして、生野区がこうやりたいと言っても、他区がダメだと言ったら、結局それで終わってしまう。特別区の区会議員はあくまでも、特別区全体の議員なんです。
 生野のために頑張る、生野区議会議員を作らなきゃ。14万人もいる自治体なんだったら、自分たちのマチのことを、最終的に決めてもらえる、そういう代表を選ばなきゃいけないんですよ。
--------------------------- 変更例終了 ---------------------------

 生野区が「地域のことは地域で決める」の「地域」、「自分たちのマチ」と言える「地域」だとして、そんな地域をいくつか集めて特別区を作っても、「地域のことは地域で決める」という観点でいえば、ミニ大阪市を作るのと変わらないのです。

 ちなみに、生野区を軸に今回の区割り4案をみると、こんな風になります。
大阪市区分地図(4案併記)生野区.jpg

 大阪市を分割してまで特別区を作って、結局、「地域のことは地域で決める」が実現されないのでは意味がありません。

 さて、この橋下市長の説明を聞いて、その目的を達することができる区割り案は、「現在の24区をそのまま特別区にする」という区割り案しかないだろうというのが、この記事での結論です。
(ただし、わたしは、「地域のことは地域で決める」の地域は、一般的な地方自治論の通りの大阪市でいいと思ってるので、この結論に与しません。)

 橋下市長が、「特別区の単位が現在の24区ではダメ」とする理由として、行政コストが高くなってしまうことを挙げています。
 次回は、この点について、書いてみたいと思います。


(追記)
 最後に挙げた生野区タウンミーティングでの橋下市長の説明の後段で、「区長が選挙で選ばれるようになれば、区長同士が競い合うようになり、良くなる」という説明を行っています。
 この点についても、少し触れておきます。

 まず、根本的な疑問として「なぜ、区長が選挙で選ばれるようになると、区長同士が競い合う」のでしょうか?わたしは、このメカニズムを橋下市長や維新の会の方から、聞いたことがありません。
 だから以前、自分で考えてみました。内容は、以前の記事「公選区長は競争して、今より良い行政サービスを提供するか」を参照ください。

 結論をいうと、「公選区長が競争して、良い住民サービスを提供しようとする」メカニズムというものは、説明できます。
 ただ、大阪市自身も、既に公選市長と公選議会を頂く自治体で、「公選首長が競争して、良い住民サービスを提供しようとする」メカニズムが既に働いていると言えます。
 だから、公選区長が競争して、良い住民サービスを提供しようとしたとして、それが現在の大阪市の住民サービスより良いものになるかどうかは、分かりません。

 また、どう考えても、公選区長になった時の区長同士の競争とは、選挙を通じた間接的なものです。
 区長同士を直接的に競争させようとするならば、大阪市の下での行政区の区長の方が、直接的なインセンティブを与えることができるので、競争させるのに適しています。

・・・もし、この記事を気に入っていただけましたら、お勧め記事のまとめ目次から、他の記事もどうぞ。
   大まかに大阪都構想のことを知りたい方は、まとめブログをご覧ください。
posted by 結 at 03:16| Comment(0) | 概要 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント