2011年05月29日

大阪市分割後も、住民基本台帳システムを共同運用する影響は(その2)

 前回の話は、大阪市を特別区に分割すると、事務が非効率になる(=コストアップする)から、特別区が一部事務組合を作って、共同で事務をしようという話が出ている。
 代表例として住民基本台帳システムの管理が挙げられているが、住民基本台帳システムって、住民情報を基本とする「選挙」や「福祉」のシステムの情報の大元で、その影響を余り考慮していないようなので、区役所で使用される多くの行政システムは、特別区に分割されても、大阪市域で共同運用されるということになりそう。という話でした。

 今回は、大阪市域の特別区で、住民情報に関わる多くの業務で行政システムを共同運用することになった時、どのような影響があるかです。

 まず一番の影響は、特別区ごとに行政サービスをどうするか決めるための「大阪市の分割」だったはずなのですが、行政システムを共同運用してしまうと、行政サービスの選択が大きく制限されてしまうことです。
 身近な行政への要望って、少数の大きな要望とたくさんの細やかな要望があるものです。「保育所をもっとたくさん増やして欲しい」みたいな大きな要望って、今できていないのにはそれなりに理由があって、特別区になっても、そのできない理由って変わらない場合が多いので、どれだけ実現できるかは疑問です。
 たくさんの細やかな要望は、区役所が丁寧に取り組むことで改善を期待したい部分ですが、こういう点が行政システムを共同運用することで制約を受け易いのです。

 簡単な例を挙げてみます。
 福祉サービスの対象者を拡大したり、保険料減免の理由を追加しようとしても、多くの場合、行政システムの変更が必要になります。サービス対象の拡大を特別区で決めることができたとしても、共同運用している行政システムの変更は、特別区独自で決めることができません。

 また、区役所の夜間開庁や休日開庁は、行政システムを動かせないと出来ません。でも、行政システムを運用する事務組合の側も、区役所が閉まっている間に、一括更新の処理やデータバックアップ、プログラムの入れ替えやテストを行うので、特別区が夜間開庁をしようとしても、事務組合のスケジュールと調整せず、勝手に決めることはできないのです。
 事務組合は、特別区がバラバラに夜間開庁や休日開庁を決めると、夜間や休日に行わなければならない作業ができなくなるので、もしやるとしても、大阪市域の特別区で日時を合せてくれという話になると思います。

 もう少し、詳しく見てみましょう。
 行政システムを共同運用するということは、「入力」と「出力」と「作業の手順」を共通化することになるということです。

 まず「入力」ですが、業務でどんな情報を管理するか、特別区では決めることができず、増やすことも減らすこともできないということです。
 これは更にいうと、市民が提出する申請書も、ほとんど変更できる部分がないということです。そうすると、特別区で申請書などを作成しても、手間が掛かって単価も高くなるだけなので、申請書などの企画・発注も、一部事務組合で行うことになりそうです。

 次に「出力」ですが、手元に納税通知書が来てるので、どんな共通化が必要か、これを例に考えてみます。
〇まず、プリンタで印字する内容は共通化が必要です。
〇プリンタで印字する通知書の用紙も、共通化する必要があります。ですから、納税通知書に書かれた説明が分かりにくいので、もっと分かり易く工夫して欲しいという要望さえも、特別区独自で対応することはできません。
 印刷用紙の共通化は、もっと幅広い範囲に影響を与える可能性があります。例えば、納税通知書を見ると、課税の根拠が条文を挙げて説明しています。つまり、条例の条文も(完全一致までしなくても)主要な条文は、同じでないと問題が出ることになります。
 納税通知書でプリントされた用紙の中には、納付書も入っていて、取扱金融機関の説明もさていました。これを共通化するということは、金融機関との収納契約も共同で行う必要がありそうです。
 この指摘は、手元の納税通知書をパラパラ見ただけで出てきたことですから、それぞれの業務ごとで、様々な制約が出てきそうです。そのトラブルを避けるために、全面的に事務を共通化するといった話も出てきそうです。
〇封筒やチラシ・パンフレットなど封入物も共通化する必要があります。
封入物くらいなら、特別区でそれぞれに変えて封入できそうにも思いますが、区役所で封入できるような少量の発送物は別として、数万通、数十万通の封入を行うとなると、専門会社へ依頼しないと無理です。この時、コスト、速さ、作業の正確さを求めると、封入物を変えることは、どんどんと難しくなります。
納税通知書の封入物だと、制度や手続きの説明などです。こういうパンフレットまで共通のものを使うということは、制度や手続きまで共通化してしまうか、特別区が独自性を発揮しようとすると、パンフレットでは具体的な分かりやすい説明をしないか、になってしまいます。

 行政システムを共通化することで、作業手順が共通化される点も考えてみましょう。 区役所の中の作業なんて分からないので、架空の事務を想定してみます。
〇大阪市域の他の特別区から転入してきた人が、前の区で「ある福祉サービス」を受けていたのに、転入後にそのサービスの申請をしていない時、申請を促し、それでも申請がないなら、聞き取りに行って確認するという事務があるとします。(こんな丁寧なことしないかもしれませんが、まあ、勝手な想定です。)

〇このために必要なシステムは、まず、転入者である福祉サービスを受けてた人で申請のない人に、申請を促すハガキ(宛名をプリントしています)とハガキの一覧表を出力します。
1ヶ月後に、まだ申請のない人の調査票と調査進捗確認表を出力するとします。
〇このために必要な事務は、まず、出力されてきたハガキを発送します。
1ヶ月後出力された調査票で訪問し、必要であれば、その場で申請書を書いてもらいます。調査結果を入力して、上司へ報告。上司は調査進捗確認表へ消しこんでいきます・・・とします。

〇ある特別区の担当者が、この事務を無駄だと思ったとします。
ハガキを送っても申請する人は少ないから、最初から該当者に当たった方がいい。それも、電話で十分で、申請の意思があるなら、申請書を郵送すればいいと考えたとします。
〇この場合、必要になるのは、ハガキの替わりに、電話番号の入った該当者一覧表(電子電話番号簿の契約が必要です。)と宛名ラベル(または窓あき封筒に使える、送付用の出力物)です。2回目の調査票の出力は、不要です。

 でも、こういう出力物の変更は、特別区独自で変えることはできません。そのため、仕事のやり方を特別区で工夫して変更できる余地は、かなり小さいものになるのです。
 更にこの例でいうと、転入届のために区役所に来た時に、必要な手続きがあることを告げてくれて、総合窓口で説明を受けながら、印鑑だけ押せばいい(何を申請するのか、区役所で分かってるなら、全部プリントされてて、印鑑押すだけでいいよね。)といった方法を、区役所全体で工夫しようとしても、特別区ではできないのです。

 ここで説明したような「特別区独自では変えられないこと」というのは、絶対変えられない訳ではありません。ちゃんと、行政システムを共有する大阪市域の特別区全体で変えることにすれば、変えられます。(そして、そのための経費を負担することに合意できれば。)
 ただ。大阪市を特別区に分割すれば、特別区で行政サービスについて自由に決められるはずが、行政サービスを共同運用することにしてしまうと、かなり制約を受ける場面が多くなり、現状と同じように、大阪市全体で決めなければならないことが、かなり多くなるということです。

 では、行政システムを共同運用することで大阪市全体で決める必要が出ても、今と変わらない=今より悪くなることはない・・・と考えていいのでしょうか。
 ところが、今より悪くなる点もありそうです。

 一部事務組合が意思決定の調整を行う場合と、意思決定の調整を行わない場合で、問題点が変わってくるので、それぞれ見ていきます。

(一部事務組合が、特別区から言われた通りの事務をするだけで、意思決定の調整を行わない場合)
 大阪都構想は、広域行政について大阪府と大阪市が意見調整を行うのでは一体的な効率的な行政運営をすることができないとして、大阪市の広域行政の権限を大阪府へ集約し、広域行政を一元化するものだったはずです。二者で協調するのは、難しいから意思決定を一元化するのだと。

 大阪市を8つの特別区に分割するとして、行政システムの運用など一部事務組合で運用する事務は、8つの特別区で意見調整を行う必要があります。全部の区の意見が同じなら問題ありませんが、区によって意見が異なる時は、調整は困難を極めることになります。現在であれば、市役所が全体としての意思決定をする訳ですが、それをする主体がないのですから。
 自然と、8つの特別区で意見調整しないとできないことは、個々の特別区にとって(余程の熱意を持つ事項を除いて)変更できないことになってしまいます。一部事務組合の共同運用部分は事務改善などは置き去りされて、それ以外の小さな隙間の事務改善だけを考えるようになりがちです。
 勿論、区民から要望があっても、一部事務組合で共同する部分が引っかかると、できないとして断られることになります。全体を見て考えてよと、区役所がダメなら市役所に・・・の市役所はどこにもありません。

(一部事務組合が意思決定の調整を行う場合)
 一部事務組合が「特別区から言われた通りの事務をするだけ」という建前はありつつも、それぞれの区の意見を聞きながら、全体としての変更の方向性をまとめて、実質の意思決定を行う場合を考えます。こうなる可能性は、結構あるかなと思っています。

 この場合の特別区と一部事務組合の役割の関係は、今の区役所と市役所の関係にかなり似通ってきます。極端な名付け方をするならば「一部事務組合・大阪市役所」といったものになります。人事といった「権限」は、市役所から特別区へ移りますが、実質の行政サービスの内容や事務の内容をどのように決めるかは、大きくは変わりません。

 この時、大きく変わるのは、公選首長と議会がどこにあるかです。
 現在は、市役所・区役所全体の組織の上に市長と市議会があって、市民の意向を受けて、市長と市議会が責任を負うことになります。

 特別区と共同運用事務の一部事務組合となった場合、区長と区議会は特別区の上にあって、一部事務組合に直接責任を負う、首長と議会はありません。
 区長と区議会議員から一部事務組合の理事会を選出して、一部事務組合に責任を負う形になると思いますが、あくまでも兼務で、自分の特別区の仕事の方が大事ですし、頑張りすぎて他の特別区と衝突することを望むとも思えません。
 自然と理事会は、一部事務組合が決めたことを追認する機関になってしまいがちです。
 「一部事務組合・大阪市役所」は、各特別区の行政サービスや事務の改善に大きな役割を持ちながら、市民の声や監視からは、遠い存在になってしまいがちです。

 一部事務組合が意思決定の調整を行うとしても、行わないとしても、かなり問題が出てくるように思います。
 現状のように市役所・区役所が一体の組織として全市一律のサービスを提供する場合と、大阪市を特別区に分割して、特別区ごとに独自に行政サービスを提供する場合で、それぞれ、メリット・デメリットはあります。どちらを選択するかは、メリット・デメリットのどの点を重視するかです。
 けれども、大阪市を特別区に分割した上で、特別区がそれぞれに行政サービスを行うと非効率だからと、一部事務組合を作って共同で事務を行うことに合理性があるとは、思えません。一部事務組合を作って共同で事務を行うくらいなら、現状どおりに、大阪市という一体の組織で行う方が、余程マシなのです。

 このような案が出てくること自体、何度も指摘していることですが、「区民により近い行政」というのが、お題目でしかないなと感じてしまいます。

 今回の記事の指摘は、大阪都構想の特別区の問題ではなく、特別区が一部事務組合を作って共同で事務を行うとする場合の問題です。検討をする中で、これらの問題を避けるため、一部事務組合で共同で事務を行うことを止めて、特別区がそれぞれにこれらの事務を行うことにすれば、この記事の問題は、全てなくなります。

 ただ、一部事務組合で共同で事務を行う検討をするとした最初の問題=「大阪市全体で行っていた事務・事業を、特別区で分割して実施することで非効率になる(=コストアップになる)」という問題に、戻るだけのことです。

 なお、今回の記事の内容は、以前の記事「意思決定の一元化が、大切だったのでは?」と「大阪市が都区になると、今より市民の意思が反映しにくくなるかもしれないと思う理由」でも扱っていますので、よろしければ、どうぞ。


・・・もし、この記事を気に入っていただけましたら、お勧め記事のまとめ目次から、他の記事もどうぞ。
   大まかに大阪都構想のことを知りたい方は、まとめブログをご覧ください。
posted by 結 at 07:09| Comment(2) | 基礎自治体業務 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>このような案が出てくること自体、何度も指摘していることですが、「区民により近い行政」というのが、お題目でしかないなと感じてしまいます。

本当にそうでしょうか?何か難しく考えすぎではないでしょうか?


大阪市が特別区に分割されれば、各区民の意思が政治、行政に反映されることになりますね。それはまさしく、より民意に近い政治が行われるということを意味していると言えるでしょう。

また、もしある特別区の意思によって特別区同士に対立が生じるならば、つまり行政サービスの変更などによって対立が生じるならば、それこそ各区民の意思を反映した地方自治のあるべき姿ではないでしょうか。

問題は、特別区という30万人規模の自治体から組織される一部事務組合と、人口260万人を抱える大阪市の役所とを同じ基準で比較していることです。

前者は30万人の各区民の意思を反映するために設立されるものです。後者は市民260万人の中の多数意見を反映する組織です。少数意見は考慮されません。どうでしょうか。これらは同じものと言えるでしょうか。やはり特別区制の方がより住民に近い政治だと言えるのではないでしょうか。
Posted by hiro at 2011年06月02日 13:55
hiroさんへ

 コメントありがとうございます。

 区長公選制=特別区への移行は、260万人を単位とした行政サービスの選択では、地域に根ざした行政サービスの選択ができないので、30万人単位で行政サービスの選択を行える方がいいという考え方に基づくかと思います。
(@ただし、この考え方なら、財政的に都から独立できない特別区ではなく、分市を選択すべきと思いますが。Aわたし自身は、大阪市内で地域差による行政ニーズの差は小さく、逆に他地域で提供されているサービスを自分の区で受けられないのはイヤなので、この考え方には、与しません。)
 特別区であっても、住民の意思反映の手法は、公選首長、公選議会であり、現行の市町村、府県と同じです。

 30万単位では効率が悪いからと、大阪市域の特別区で一部事務組合を作り、一律の行政サービスを行うのは、結局、260万人単位に行政サービスの選択を戻すということであり、大阪市を特別区に分割した意味は失われます。そして、260万人単位で、行政サービスの選択を行うのに、260万人単位での首長・議会を持たない問題のみが残ります。

 少数意見反映という点で、260万の市長・市議会制と30万の8特別区代表による合議制を比較すると、市長・市議会制は、自治体全体を代表する市長に対して、24区から複数代表として選出された議員が小さな単位の代表となって、議会へ少数意見は少数意見なりに送り届ける仕組みになっています。
 特別区代表による合議制は、特別区単位では少数意見も届けられるでしょうが、特別区代表はあくまでも特別区の多数意見の反映を行うための代表ですから、合議の場では少数意見の反映は、(少数意見の代表が直接議会へ送られる)現状よりも難しい仕組みといえます。

 hiroさんのお話だと、公選首長・公選議会という手法では、260万単位では民意反映ができず、30万単位なら民意反映ができる。民意反映された30万単位の合議なら、260万単位の意思決定も民意反映された結果となると、おっしゃってるのかと思います。

 けれども、30万単位で意思決定を行うなら、その単位の公選首長・公選議会。260万単位の意思決定を行うなら、その単位の公選首長・公選議会を置く方が適切というのが、今の地方自治制度の考え方です。

 260万で意思決定を行うのに、その単位の公選首長・公選議会では住民の意思反映を行うことができず、より小さな単位の公選首長・公選議会の合議の方がより適切とするなら、850万単位の公選首長・公選議会である、府知事・府議会に住民の意思が反映できるはずもなく、府知事・府議会は廃して、府政運営は市町村連合で行う方が適切という、府県制自体否定することになります。まして、特別区の財源など基礎自治体の大きな部分を850万単位の公選首長・公選議会である都知事・都議会へ委ねる都制度など、ありえないことにことになります。
Posted by 結 at 2011年06月04日 04:08
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