2010年12月20日

村上弘「『大阪都』の基礎研究−橋下知事による大阪市の廃止構想−」を読もう(その10)

9 おわりに

 ここまで、問題の全体像を描こうとしてきたが、府県と政令指定都市の関係は、複雑なテーマだと改めて思う。
 まず、「大阪都」構想の内実を「ONE大阪」というイメージのレベルを超えて明らかにしなければならない。さらに、指定都市制度の意義、東京都制の導入の背景とその評価、大阪市を廃止し「大阪都」へ一元化することの政策上の必要性とデメリットなど、不十分な点も残るが、幅広く検討してきた。

 もっとも、そうした多面的な情報に、みんなが関心を持つとは限らない。単純化を特徴とするポピュリズム(大衆扇動・迎合主義)が卓越する限り、またとりあえず「大阪都」を作れば(あるいは、それを訴えて選挙に勝てば)成功だと考える限り、説明は単純なもので足りる。
 しかし、本来は、制度改革を通じて有効な政策の発展を追求するのであれば、制度や政策について、それなりに複雑に検討し議論しなければならない。

 「大阪都」をめぐる議論では、理想的な制度設計はどうすればよいかの側面と、府県(知事)と指定都市(市長)間の権力争いの側面が絡み合っている。大阪の発展のために大阪都への一元化がベストだという論理をそのまま信じるのは、権力への警戒心が不足している。
 府県・指定都市いずれにも、自治体の公式の主張には、権力追求・維持の側面が隠れていることがある。知事と市長のどちらの主張が、より地方自治の充実と政策の推進に適しているかを、資料と観察、分析によって判断する必要がある。

(1)「大阪都」構想(大阪市等の廃止)の問題点

 第1は、「大阪維新の会」などが主張する大阪都のメリットや必要性についての疑問である。
@ 自治体は大規模であるほど優秀という発想だが、それは実現しようとする政策目的に照らして考えなければならない。
A 橋下知事や大阪維新の会が掲げる目標のうち、「成長戦略」は抽象的で大阪都の必要性を判断できないが、用地やビルはすでに余剰なので、特区構想など企業への大幅減税が中心になるだろう。「アジアの拠点都市に足る都市インフラ」は、具体的には、市内高速道路「淀川左岸線」、伊丹空港の廃止、関西空港への鉄道の高速化、港湾の問題であり、WTCへの府市庁舎移転が加わる。
 以上のうち、大阪市が関与するのは、WTC問題、淀川左岸線、企業誘致減税、関空アクセス鉄道くらいだ。(港湾は未検討)前の3つは必要性をめぐって賛否がある。高速道路や関空鉄道接続の地下鉄(なにわ筋線)(JR関空快速の高速化の方が容易?)は、府と市が財政規模に応じて資金分担するならば、大阪都に一元化した場合とほぼ同じ結果が得られる。
B 結局のところ、大阪都を作る実質的な目的は、経済成長に向けての、高速道路1路線、鉄道1路線、企業減税だけのようである。また、これらの目的を、大阪府・市の協力と議論と妥協で進める努力はしないのか。(さらに、財政効率化という目的はありうるが、本当に有効か、シミュレーションを要する。)
C 府と市の「二重行政」でも、府と市が分担したり需要に対応していれば問題はない。供給過剰で統廃合すべきなのは、具体的に何か。また、政策評価や府側の縮小・撤退(財政赤字対策にもなる。)で、解決できないのか。

 第2は、大阪都がもたらしうるデメリットである。この問題は、推進派が触れず、マスコミも今のところ十分に報道・解説していない。
@ 先進国と日本の(旧東京市以外の)大都市が持っている幅広い自治権を、なぜ大阪市は剥奪されるのか。一種の「府県集権主義」である。
A 先進国の大都市には、中心都市の自治体が人口100〜300万人の規模でも発展している例が多い。大阪都は、面積、人口が大き過ぎて、大阪大都市圏に対応する広域自治体としての機能は果たせても、都市自治体とはいえない。
B 大阪市(および堺市)という都市を代表する自治体政府がなくなる。都市自治体の自己決定権が失われる。大阪都の政策は産業基盤に関するものに集中し、大阪市域での他の政策レベルが下がる。
C 権限の小さな特別区に分割されて、大阪市域全体に関する政策の主体がなくなる。
D 大阪市がこれまで積み重ねてきた都市整備や文化政策等の成果を、どう評価するのか。
E 民主主義の観点からも、大阪市という市民からのアクセス・ポイントが消滅し、また権力が知事に集中することは、マイナスが大きい。
F モデルとなる東京都は、第2次大戦中、「東京市」の自治を廃止し集権体制を強化するために導入されたもので、内部に権限の小さい特別区と一般市が並存する国際的にも異例の構造であり、今日も弊害が指摘されている。
G 平成の合併で見送ることになった市町村合併が、府下で推進される可能性がある。

 以上を要約すると、「大阪都」構想の内実は、普通の政治家ならば「大阪再生のために、市内高速道路の建設、関空鉄道の高速化、企業誘致減税を進め、その円滑な推進のために大阪市の廃止を求めます。」などと説明して、有権者の判断に委ねるはずのものである。
 しかしこれを、感覚的なイメージで包んで危機意識や「敵」への攻撃を交えて訴えると、かなりの支持が集まるというわけだ。

 大阪都構想は、シンプルな4段論法である。つまり、
@「大阪の深刻な危機」→A「産業振興が必要」→B「都市基盤整備等の政策が必要」→C「大阪市の廃止・分割が必要」という論理である。

 けれども、@「大阪の深刻な危機」については、統計資料の恣意的な説明が行われている。
B「都市基盤整備等の政策が必要」は、政策ごとに必要性や費用対効果を判断すべきだ。
C「大阪市の廃止・分割が必要」は、政策推進は府県と指定都市の協力・妥協・分担によっても可能であること、二重行政は主に府の撤退で解決できること、先進国の大都市は(戦時中廃止された東京市以外は)強い権限をもつ自治体を形成していること、都市自治体には地域主権や民主主義といった価値も含まれていることに、留意していない。

(2)「大阪都」よりも重要政策の議論・推進が優先

 「大阪都」は、大阪の発展のための、いわば「間接アプローチ」である。
 府・市議会選挙と大阪市長選挙に知事派が勝った後に着手される大阪都は、その数年後に地方自治法改正を経て発足し、それから戦略的な政策が推進されるわけだが、かなり将来の話になる。
 大阪都問題を今後ずっと選挙のアピール材料として用いるつもりなら、あるいは時間がかかっても知事の意思を100%実現することを目的とするなら、それでもよい。
 しかし、大阪の発展という、大阪の利益のためには、「直接アプローチ」で(今すぐにでも)戦略的な政策に取り組むこともまた、望まれる。

 知事のエネルギーの一部を割いて、必要性について合意が得やすい重要政策を提案し、国や大阪市等との間で協議し、調整していくべきだろう。
 政策論争が、市民に見えるようにすることが、大切だ。例えば、JR関空快速の阪和線での準ノンストップ化は、知事が本気になれば、今すぐ実現できるのではないか。関空鉄道につながる地下鉄「なにわ筋線」は、もし府と大阪市がその財政規模に比例して出資するならば、大阪都をつくる必要はない。知事が計画と資金分担を公開で提案し、大阪市と議論する、といったプロセスが望まれる。

 大阪の危機を憂うなら、「たとえ大阪都は実現しなくても、この政策だけは実現させる」といった取り組みをすべきだ。かつて関西空港の建設を推進したとき、大阪府は、「大阪都」ができるまでやらないという態度は取らなかった。
 もちろん、大阪市側から重要政策やその資金分担を提案することも、望ましい。

(3)大阪市の自治を守る可能性

 指定都市制度は、大都市の自治権拡大の結果であり、他の府県では順調に運営され、地方分権の理念に合致し、海外の例が多い。大阪市の廃止は大きなデメリットを伴い、政策上のメリットもあるかもしれないが、それは大阪市と府の協調・妥協によってもかなり実現する。

 平成の市町村合併において、県から強く合併を迫られても自立を選んだ小自治体もある。
 大阪市も、自治を守る気概を持ち、大阪都構想に対抗して、基礎自治体の役割を重視し広域自治体との分担を構想する文書を発表しているが、さらに、次のような努力と説明を惜しまないようにすべきだろう。(パンフレットなども発行するべきだ。)

@ 知事の権力集中や大阪市の財源吸収などの「野望」を指摘することもできる。しかし、橋下知事は権力集中や財源の統合が大阪を強くすると主張しているのだから、その点を議論しなければならない。
A 大阪再生に対する具体的な政策提案をする。大阪都というイメージ中心の主張に対して、むしろ積極的に政策論争を仕掛け、大阪都の必要性がないことを明らかにする。
 つまり、知事が求める具体的な政策について、大阪市が十分協力する用意があり、これまでも協力してきたこと。あるいは、政策によっては協力するための条件を説明するべきだ。
B 「高コスト」との批判に対して、市政改革を進め広報する。
C 大阪市の大都市自治の成果と重要性を広報する。
・京都、神戸、横浜などの指定都市や市域が狭いパリ、サンフランシスコなどを含めて、世界の大部分の都市が備えている自治体機構を、なぜ伝統ある大阪市が持ち続けてはいけないのか。
・大阪市は各種の都市政策を、府との分担で進めてきたし、今後も進めうる。
D スローガン作り。「ONE大阪」「大阪維新」というスローガンに対抗する必要がある。
E マスコミ報道機関への申し入れ。特に「『大阪都』(大阪市等の廃止)構想」といったニュートラルな表現を用いること、及び世論調査では、大阪都への賛否の主張を説明し、また大阪府民全体と大阪市民の集計を別に発表することを、要望として申し入れるべきだ。

(4)合理的、多元的な議論とマスコミの役割

 この論文では、大阪都構想が、強力なリーダーシップと単純化・非合理性を特徴とするポピュリズム(大衆扇動・迎合主義)政治に対応していることも、明らかにしようとした。
 ポピュリズムは、大胆な改革につながる可能性もあるが、地方自治制度や都市政策といった複雑な問題については、多元的・専門的な意見を取り入れ合理性を追求する手法が賢明であり、ポピュリズムは、それを妨げるだろう。

 ポピュリズムの問題点が、リーダーへのお任せと議論の単純化・非合理性にあるとするならば、マスコミの役割は、それに対してバランスを取ることだ。
 新聞社やテレビ局にとって、政治リーダーの発言・主張に対して鋭く質問し、独自に検討して解説を述べ、反対意見や専門家の見解を紹介するという役割は大きい。

 とりわけ、社会的影響の大きい世論調査を適正に設計することが、重要である。ポピュリズム型のワンフレーズ政治を増幅する単純な調査ではなく、「公正で討議型の」質問文を提案する。
 また、大きな市が小さな市を吸収合併する場合と同じく、大阪府民全体と大阪市民の集計を別に発表することも、提案する。直接不利益を受けない府下の住民に、大阪都(大阪市の廃止)への賛成が多いことは予想されることであり、それは、説明責任を果たさないイメージ型の宣伝と同様に、大阪都構想をほとんど正当化しない。


 この記事での紹介は、コンパクトな紹介を試みるため、元の論文にある精緻さに欠けます。また、わたしのヘマで、元の論文とズレの出ている部分もあるかもしれません。
 もし、この紹介の論文について、興味をお持ちいただけたなら、こちらから元論文をどうぞ。
posted by 結 at 00:45| Comment(4) | 概要 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 長大な論文の要約、ご苦労様でした。原文を読むときの半分ぐらいで読める感じですかね。お疲れ様です。

 さて、こうして最後まで読み進めてくると、今回の中でも触れられてますが、橋下さんが究極的に目的としているのが、ほとんど淀川左岸線となにわ筋線ぐらいしかないということに改めて気づきます。しかし、今の大阪市民・府民で、この二つの公共事業はぜひともやってもらいたいと思ってる人がどれだけいるでしょうか。また、維新の会のタウンミーティングを聞いてそう思うに至ったという人がどれぐらいいるでしょうか。おそらくほとんどいないのではないかと思います。
 橋下さんは、平松市長が反対するからどちらもできないと主張しています。だから、指揮官を一人にしないと、大阪の発展のためのインフラ整備はできないと。でも、そもそもこの両事業はどちらも事業費が3000億円以上といわれており、既存の高速道路事業や連続立体交差事業のスキームでは事業化の目処が立たず、計画段階でとどまっているのであり、それこそ採算性や費用対効果を度外視した政治的判断でしか事業実施はできないものと思われます。
 橋下さんはこれまで、どれだけの費用がかかり、どれだけの経済効果が期待でき、現状の府と市では、どういう事業スキームだから事業実施が無理で、都になるとどういう事業スキームに変えられるから事業が実施できるというような、具体的な説明は一切していません。費用対効果とか、事業スキームに関しては、今まで散々大阪市が調査検討をしてきているので、それらを示した上で大阪都であればこういうスキームでやれるという具体案を示してもらいたいものです。
 いずれにせよ、莫大な借金をせざるを得ないのは必至で、以前に維新の会の府議さんが将来に負担を残さないために云々とおっしゃってましたが、そんなことはとんでもない世界の話になってしまいます。
 そういう都合の悪い情報をひた隠しにして、イメージ戦略で選挙に勝って、民意だ民意だと強引に事業実施に踏み出すつもりでしょうか。誰が喜ぶのでしょう?なんか、橋下さんのまわりに一部の工事関係の利権が蠢いているのかもと勘繰っちゃいますね。
Posted by bafuken at 2010年12月21日 02:06
 お付き合い、ありがとうございます。
 量的には半分にもなっていないと思いますが、PDFより、こういった形態の方が読みやすい、リンクで紹介しやすいと思う方が、すこしでもいればいいなと思っています。

 淀川左岸線となにわ筋線は、市民の立場でぜひやりたい事業なのか、市民の意思と関わりなく決定されるのは望ましいのか、少し考えてみたいと思っています。
 今は、次の記事とかを参考にしようと思っていますが、もし他にも良い資料とかあれば、教えてください。
http://www.city.osaka.lg.jp/seisakukikakushitsu/cmsfiles/contents/0000006/6314/2007_08_29.pdf
Posted by 結 at 2010年12月22日 03:16
 私も資料探しててこれに行き当たりました。左岸線延伸部については、これ以前にもPI(パブリック・インボルブメント)といって、住民の意見を聞く手続きを国土交通省と大阪市・府が有識者委員会をつくって散々やってます。
意見集約のプロセスについては↓こちら

http://www.nilim.go.jp/lab/gbg/pi/process/karte/08.html

で、どんな意見集約の結果が出たかというのを探してますが、なかなか行き当たりません。

 この当事はまだ阪神高速道路が公団の時代で、その後ご存知のように公団が株式会社化されたことに伴って事業スキームが変わってしまったのです。株式会社化=儲かる仕事しかしないということで、莫大な事業費がかかり採算性の低い事業は高速道路事業としてではなく、自治体の負担が大きい街路事業等でやることにかわったのです。(詳しくは、街路事業+高速道路事業の合併施行。“薄皮方式”と呼ばれており、用地から土木工事のほとんどまでを街路事業で行い、いちばん表面のアスファルト部分だけを高速道路事業でやるというスキーム)
 高速道路事業であれば、国:府:市が2:1:1の割合で事業費の37%を出資し、残りは公団債を発行して公団が資金調達する。起債の償還は料金収入から返済というようなスキームだったと思います。つまり、府と市はまったく同額の経費負担をしていました。このスキームは大阪府域内全てに当てはまっており、市域外の湾岸線や、空港線、守口線、松原線、東大阪線などにも大阪市は府と同額の負担をしてきています。(府市が強調して広域行政をきっちりやってきているのです。)
 ところが、淀川左岸線は市域内のみの路線であり、それを街路事業等でやるとなると、費用負担は国の補助を受けて大阪市がほぼ全面的にすることになります。つまり、大阪府はほとんどお金を出さなくてよくなったのです。実は、すでに現在事業中の淀川左岸線2期事業もこの方式でやっており、大阪市は財政状況の厳しい中、市内の他の都市計画道路等の事業を止めてまでも、淀川左岸線2期事業に公共投資を集中投下している現状があります。左岸線2期事業は、湾岸線と新御堂筋を結ぶ路線で、神戸・泉州方面と北摂方面をつなぐ、広域的ネットワーク機能を担う重要な路線であり、大阪市は広域行政の観点から事業を進めています。
 この点だけでも、大阪府の自治制度研究会の議論で、大阪市は大阪市域内のみを、大阪府は大阪市域外のみを見て公共事業をやってきた、いわば二元行政…云々の説明が、いかに事実をゆがめて論じられているかがわかります。つまり、橋下さんの思い込み(上山さんの刷り込み?)を理論強化するために無理やり作った事務方のストーリーなのではないかと思うのです。

 橋下さんは単純に平松市長と意見が合わないから指揮官をひとりにせよなどと言ってますが、左岸線の話をよく紐解くと、そんなに単純な話ではありません。以前のように府市同額出資のスキームなら、府と市が同じ立場でものを考えられたのです。その時点ではどちらも必要性の認識の下、いかに事業化に向けた住民合意を取り付けるかの研究を一生懸命していたのですから(前述のPIのプロセス、この路線は既存の市街地の大深度地下、つまり住宅地の地下部分(40m)をトンネルで通すというかつてない方式が採られるため)。ところが、事業スキームが激変し、大阪市の費用負担が激増したために二の足を踏まざるを得なくなったというのが真相です。

 維新の会は、このような事実を知ってか知らずか(少なくとも市会議員の方はご存知だと思います。)、自分たちに都合の悪い情報は意図的に隠蔽して、都構想を叫んでいます。
 大阪市の各部局が本気になれば、過去の経過を明らかにして、維新の会の主張はことごとく潰していけると思うのですが、何とかしてもらいたいものです。
Posted by bafuken at 2010年12月22日 05:00
 bafukenさん、情報ありがとうございます。
 ポイントを絞らないと、手に負えそうもないですが、大阪都構想で実現するのだとしている事業が、本当に内容を知ったとしても、そんな大規模公共事業を(行政サービスを削ってでも)望むのか、市民としての視点で考えてみたいことですね。
 こういうの、本当はマスコミにやって欲しいのですが、今のところ望み薄でしょうから。
Posted by 結 at 2010年12月23日 03:16
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