2010年12月09日

村上弘「『大阪都』の基礎研究−橋下知事による大阪市の廃止構想−」を読もう(その8)

6 小括 − 「大阪都」のメリットとデメリット(下)

 「大阪都」をめぐる主要な論点と賛成、反対論を、前回の図表5にまとめてみた。これを前々回の図表4と合わせて読んでいただけばよいのだが、特に検討すべき点について述べておく。

(1)「二重行政」について
 「二重行政」はすべて非効率で悪いというイメージがあるが、多少は細かく考えてみたい。
 批判される二重行政とは、2つ以上の自治体がおこなうサービス等が、合計で過剰になっている場合である。県と市がそれぞれ立派な文化ホールを作って公演が埋まらなければ、供給過剰と言える。
 しかし、需要に対応しているか、府と市が分担地域を分けていれば、問題はない。公園など不足ぎみのサービスについては、二重行政はむしろありがたい。府県と指定都市の「二重行政」は、裏を返せば「2馬力」である。

 過剰な二重行政については、各自治体が政策評価・事業仕分けによって、効率化・縮小を図るという方法がある。
 「補完性の原理」に従って、住民に近い自治体が可能な施策を担当するべきだと考えれば、大阪市と重複し過剰な場合、どちらかといえば大阪府の方が縮小・撤退するべきだ。大阪府の歳出削減にも繋がる。
 例えば、文化施設の分野では、府と市はうまく分担し、二重行政にはなっていない。府立図書館は大型の2施設だけで、大阪市やその他の市が中央・地区図書館を整備している。博物館等も、府が抑制的に、府下に施設を持っているのに対して、大阪市が科学館、美術館、自然史博物館、大阪城天守閣などを運営している。

(2)「大阪全体という広域的視点」と、府・市の費用分担問題
 知事は大阪市の存在が大阪全体の利益に反すると考えているのかもしれないが、各自治体がその地域を重視するのは、役割分担である。府全体という広域的視点に配慮するのは、まず大阪府の役割である。

 それでも、前々回述べたような争点はあるが、対立点はそれほど多くなく、また議論を通じて妥協点を見つけるべきだ。
 ただし、その中でも費用分担は大きな争点なので、簡単にだが考えてみたい。

 新大阪駅などと関西空港行きの鉄道をつなぐ地下鉄「なにわ筋線」を、府と大阪市でどう費用分担するか。(他に、JR関空快速の高速化という代替案もある。)
 国庫補助を除いた府と市だけの分担を考えると、既存郊外鉄道への接続について3つの案がありうる。(「淀川左岸線」も、類似の検討ができる。)
A 大阪市域に建設する地下鉄なので、従来の例により大阪市が全額負担する。
B 大阪全体の利益になるので、府と市で、財政規模や人口規模に比例して負担する。
C 大阪市内交通という観点からは必要性が低く、大阪府全体の必要から求められる問題なので、Bよりも大きい割合を大阪府が負担する。

 このうちBが比較的妥当と思われるが、もし財政規模に比例した分担ならば、「大阪都」のもとでの解決スキームとほぼ同じになる。なぜなら、大阪都は、府と大阪市の予算を統合した(特別区の予算を減じた)規模の財源から、地下鉄の建設費を支出するからである。
 つまり現状のままでも、府と市がB案程度で合意できるなら、大阪都に一元化する必要もメリットもないことになる。

 なお、大都市の郊外鉄道のために自治体間で協力している例としては、サンフランシスコ大都市圏の高速鉄道網や2010年開業の成田新高速鉄道の例がある。成田新高速鉄道は、千葉県と地元自治体、国、空港公団が共同出資して建設したようだ。

(3)大都市と大都市圏の利害のズレ
 どんな地域間でも起こることだが、大都市とその周辺の大都市圏との間でも、共通の利益を持ちつつも、利害が対立する局面があるだろう。例えば、中心都市の幹線道路を通貨交通が利用することは、周辺地域にとっては便利だが、大都市にとっては迷惑でもある。
 こうした場合に、1つの解決方法は、大都市、衛星都市などの関係市と府県の間で、調整・議論を行う方法だ。

 これに対して、「大阪全体の発展」を掲げる大阪都のもとでは、(大阪都が大阪市地域の財源や権限に大きく関与するにも関わらず)大阪市地域への配慮が弱くなってしまう懸念がある。
 算術的には、大阪市地域に対して、大阪都が持つ関心と配慮は、現在の大阪市が持つ関心・配慮と比べて、3分の1(人口比、ほぼ議員数比)または9分の1(面積比)という小さなものになる。
 しかも、都政府の関与は、大阪都全体を「強く」する政策分野(都市開発や高速鉄道網)へ重点的におこなわれ、福祉、文化、まちづくり、環境など残りの「優しい」政策は、力の弱い特別区に委ねられてしまう。

 東京都23区の人口は都全体の約3分の2を占め、それだけ東京都の政策や都議会議員に占める比重も高いと思われる。比重が3分の1に過ぎない大阪市地域に、東京都23区のような政策的配慮がされるとは、いえない。

(4)「大阪市の高コスト体質」について
 大阪都構想に、「破産会社」と知事が評した府の赤字を市の財源獲得によって減らす狙いがあるかは、微妙だ。
 ただ、「大阪都」が大阪市地域での歳出を効率化し(府下での歳出は現状でも減らせられる)、大阪市役所庁舎をはじめとする施設・資産を売却すれば、現在の府の債務の縮小に充てられるだろう。

 逆に、大阪都構想推進者は、大阪市の「高コスト」の財政運営に不満を述べることが多い。人件費や福祉予算が膨張し、区の数が多すぎるという指摘がなされる。
 指定都市間の比較によれば、大阪市の人口1人当たり歳出額(2006年度)は63.2万円で、横浜36.8、名古屋45.7などと比べて突出している。ただし、これは夜間人口による計算で、昼間人口1人当たりに換算さると、北九州49.6、神戸47.9、大阪45.8、川崎45.5、京都45.1、福岡43.7、広島43.7、横浜40.7、名古屋39.9(万円)となる。ただ、昼間人口が生み出す財政需要は定住人口よりおそらく小さく、歳出分類ごとの検討が必要だろう。
 2002年度数値では、人口千人あたりの職員数(普通会計)も、大阪市12.3人と、神戸9.5、名古屋9.2、横浜6.5などに比べて大きい。

 大阪市はこれに対して、2006年以降の市政改革の成果をまとめ、経費の圧縮、職員数の削減などの成果をあげたことを示そうとしている。

 大阪市行政のコストの高さについては、議論と必要な対応を要する。ただ、財政運営の不適切さを理由に、特定自治体の廃止を求めるのは、現行の地方自治制度を超える発想だ。
 財政が特に悪化して財政再生団体に陥った場合でも、自治体が違法な行為を行った場合でも、当該自治体の廃止や合併勧告までは想定していない。
 大阪市の「高コスト体質」は適正化すべきだが、それを根拠に市の廃止(大阪都)を正当化するのは、飛躍であり、地方自治の価値や意味を考慮しない視野の狭い論理だろう。

(5)大阪府・市の面積の狭さと財政効率の問題
 重要な争点として、狭い大阪府域に府と大阪市という2つの強力な自治体が分立することが、非効率ではないかとの指摘がある。3つに分けて検討しておこう。

@分立による財政の非効率
 筆者の知る限りでは、市町村の財政効率は人口5〜20万人で達成され、府県のそれは人口250〜300万人で達成される。
 大阪都を作れば、府と市の共通機能を合理化できるという部分はあるが、すでに十分な規模に達した2つの自治体の合併による効率化は、限られているのではないか。
 大阪市等の特別区への分割が非効率を生む可能性もある。「東京都+特別区+市」と「府県+市」の財政を比べて、どちらが効率的か調べてみる必要がある。

 なお、別の問題だが、大阪府と市が別々に受けている地方交付税の合計額が大阪都になると減額されないかは、研究を要する。

A二重行政
 二重行政といっても、上で述べたとおり、需要を上回るものが問題になる。そうした二重行政も、政策評価の充実と、府・市の適切な事業縮小や共同事業化によって解決するべきだろう。

B大規模投資能力の不足
 知事は府市分立のゆえに大阪が弱まっているというが、施設整備はほぼ終了し、残る巨大プロジェクトは多くない。むしろ、空港鉄道の高速化や市内高速道路などの戦略的投資に関して、府と市の負担調整が難航する問題だと考えてよい。しかし(2)で述べたように、府と市が分かれていても、もし財政規模に比例した分担で合意できるなら、「大阪都」による解決とほぼ同じ効果が得られるのではないだろうか。

(6)民主主義と権力分立
 図表5で示したように、大阪都の導入は大阪の民主主義に対して、マイナスをもたらすおそれが大きい。

 第1は、大阪市の自治の消滅である。市町村制度の趣旨に反して、大阪市だけが自己決定権を失い、小さな市よりももっと権限が弱い特別区に分解される。大阪市の重要問題は、都の決定に依存することになるが、大阪都が旧大阪市地域に十分配慮する保障はない。
 住民参加も、特別区へのアクセスで満たされる面もあるが、重要な問題については、都=府の政府で検討してもらわなければならなくなる。

 第2に、市民のアイデンティティーという価値がある。
 「地方自治を支えるものは、地域を愛する感情である。」都市自治体というものは、直接見聞し、愛着の対象にしやすいまとまりと規模を備えている。どの都市の人々も、愛しかつ批判できる自分たちの都市自治体を持っている。
 大阪都の導入で大阪市(や堺市)が廃止されるのは、その点でもダメージだろう。大阪が経済成長すればそれでよい、というのは単純すぎる見方である。

 第3に、大阪府全体のことを考えても、大阪都知事への権力集中は、デメリットが大きい。
 地方自治は、権力分立のための制度でもある。過去を振り返っても、知事はすべての重要政策に関心を持ち、また絶対に誤らないという保障はない。権力が都知事に一元化されるより、他の自治体にも多元的に分散している方が、自由な政治的論議や政策の修正が可能になる。

 第4に、大阪都の創設を契機に、大阪市以外の府域でも、平成の合併の時に進まなかった市町村の合併が、都の指導で強力に推進される可能性がある。

 懸念されるのは、大阪都の議論において、地方自治や民主主義への関心が弱いことだ。効率性を優先させ、民主主義の意味を、強力なリーダーを1人選ぶことに限定しているといってもよい。


 この記事での紹介は、コンパクトな紹介を試みるため、元の論文にある精緻さに欠けます。また、わたしのヘマで、元の論文とズレの出ている部分もあるかもしれません。
 もし、この紹介の論文について、興味をお持ちいただけたなら、こちらから元論文をどうぞ。
posted by 結 at 04:17| Comment(0) | 概要 | 更新情報をチェックする
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