2010年12月04日

村上弘「『大阪都』の基礎研究−橋下知事による大阪市の廃止構想−」を読もう(その5)

5 大阪の発展のために大阪都が必要か?(上)

 大都市自治体には、狭域なパリ、フランクフルト、サンフランシスコなどの市と、広い面積(といっても、東京都、大阪府よりは小さい。)を持つロンドン、ベルリン、ソウルなどがあるが、どちらが都市の発展により適しているかは、実証的な研究を要する。
 しかし、多くの人が見聞きしているところでは、パリなど狭域の都市自治体が、都市の魅力や国際競争力において劣っているとはいえないだろう。
 日本の指定都市制度も、都市の活性化の障害になっているという主張はないようだ。

 大阪都構想は、「大阪の経済的危機からの再生」を、最大の、ほぼ唯一の根拠にしている。それも東京都の差の拡大が、強調される。愛知や神奈川との競争を前面に出すと、指定都市と県の並立体制でもうまく行っていると気づかれ、反論されるからだろう。

 1人当りの県民所得は、1996〜2007年に東京以外のほとんどの県で減少しているが、大阪府の減少率は全国平均や愛知県よりも大きく、神奈川県よりもやや大きい。(数値は、元論文を参照ください。)
 大阪維新の会のHPではこの元データから一部分だけを恣意的に抜き出して、危機を訴えている。しかしこれは、「統計でウソをつく方法」というべき部分を含んでいて、実態は、大阪だけ低迷しているのではなく、東京の「1人勝ち」という面もある。

 2007年の数字でみると、大阪府の1人当たり所得は、全国平均(ただし東京都の値によって引き上げられている。)よりわずかに高い水準だが、都道府県での順位は全国第7位で、そんなに悪くはない。
 近畿2府4県全体では、2000年代に入って、人口、域内総生産、製造品出荷額等はほぼ横ばいである。絶対額では東海地方に追い上げられ、1人当り域内総生産は、関東、東海に続く全国第3位に甘んじている。
 専門的な調査報告書では、関西経済は成果もあり弱点もあるという書き方になっている。

 こうした大阪・関西の地位低下については、評価が分かれるだろう。
 地域開発と工業化で(東京以外が)平準化してきた日本全体の中で小さな近畿のシェアが15%というのは悪くない、という見方もできる。また製造業主体の東海・名古屋と比べて、関西は都市機能や国際的機能では差をつけている。
 クールな言い方だが、かつて大阪が国内の商業拠点であったのは事実としても、世界的都市だったことがあるかは疑問だ。国際化により首都・東京が「世界都市」のレベルに成長する前の時代に、大阪は東京と対等に競争しえていた、という見方が現実的ではないだろうか。


 ここでは、都市基盤整備に限って、簡単に検討したい。大阪市・府は、もちろん努力を積み重ねてきたのだが、その成果をどう評価すべきだろうか。

 大都市の発展・再生戦略を、大きく3つに区分すると、(1)産業の活性化、(2)広域的で大規模な開発、再開発や公共施設の整備、とともに、(3)「まちづくり」と呼ばれる都市の細部の整備や、魅力的な景観づくり、文化振興が重要になっている。
 (2)(3)は全国の指定都市や中小の市でそれぞれ工夫を重ね、成果を挙げている。
 大阪市でも、古くは昭和初期の地下鉄、御堂筋、市立美術館の建設などが貴重な資産となっている。戦後は、地下鉄のネットワーク、図書館のネットワーク、大阪城公園などの公園緑地、歴史博物館・海遊館などのミュージアム、大阪駅前などの都市再開発、USJの誘致など、各種の施設整備を進めてきた。
 大阪駅前の風景は、20年がかりの市街地改造によって近代都市へと変わり、西梅田、京橋などの拠点にも高層ビル街が誕生し、中之島周辺は、歴史的建築の保存活用などで大阪の顔としての魅力を高めた。
 こうした努力で、緑が足りない、都市格が低いといった大阪のイメージも、かなり改善された。大阪市が存在しなければ、府がこれだけの政策を進めることができただろうか。
 ただし、各種ミュージアムが乱立気味であることや、WTCビル等の入居不振などの失敗面もある。

 問題は、(1)産業の活性化である。
 経済活動つまり民間企業の立地選択や成長に、政府や自治体が関与できる部分は限られている。もちろん、企業誘致のために、用地・ビル・交通機関などのハード面の整備は必要条件である。しかし、十分条件でないのが難しいところだ。
 今から20年前には、「日本初の24時間空港」である関西空港の建設、南港を「日本最大の商業流通拠点」にするATCとWTC、さらに明石海峡大橋、京阪奈学研都市といった大型開発プロジェクトによって、大阪・関西は、アジア太平洋地域の拠点として飛躍すると期待された。
 しかし現実には、ハード面の施設の建設は、ほぼ順調に進み、関西の地盤低下は食い止めたのだろうが、経済の対全国シェアを復元するには至らなかった。

 さらにいかなる政策アイデアがあるのか。
 この点を考えるための一例として、大阪府が検討している「大阪城周辺エリアをアジア拠点にする」ための構想を見よう。
 これは、大阪城周辺エリアを活性化するために、「観光集客特区」と「公有地活用特区」を提案している。重点的な業種を設定して地域の特色を打ち出すことと、規制緩和や減税という「小さな政府」型の優遇策で企業の進出を促すことの2点が、提案のポイントである。
 たしかに、基盤整備が一応終わり、これ以上の自治体の投資が難しい中で、こうした政策アイデアに期待をかけることになるだろう。

 さて、次に検討すべき問いは、以上のような大阪発展のための政策は、大阪市と府が分立していては進められないのか、という問題である。
 (3)「『まちづくり』と呼ばれる都市の細部の整備や、魅力的な景観づくり、文化振興」については、地域の歴史的資源や水辺、緑などの資源を活かしていくキメ細やかな政策であり、地元の基礎自治体の役割が大きい。府県は、その支援をする立場にある。
 大阪府自身も、「大阪市、府内市町村、経済界、民間等と連携し、オール大阪で」進めると述べている。大阪都への一元化は、不要という訳だ。

 (2)の大型公共施設等も、これまで府と大阪市が分担して整備してきた実績がある。
 例えば、大阪市はその市内で地下鉄網を整備し、郊外の民鉄路線と相互乗り入れし、府は郊外のモノレール等を建設してきた。大規模な博物館・美術館は、主に大阪市が担当してきたが、中之島の国際会議場は府の貢献である。
 府が千里や泉北のニュータウンを計画的に開発したのに対して、大阪市は南港ポートタウンなどによって、人口の市内定着を図ってきた。府は郊外の大型公園整備に力を集中し、大阪市は中之島や花博の会場を再整備し、いずれも魅力的な憩いの場となっている。

 都市の中心市街地の活性化に関しては、都市全体を包含する政策能力をもち、かつ地域に密着した都市自治体の役割が大きい。大阪市が廃止されるならば、複数の特別区が政策を引き継いでも、大阪市域全体を見渡す政策立案と、そのための資金や技術を弱めることになると懸念される。

 ただし、大阪の都市経済基盤のうち、重大な欠陥として関西空港への高速鉄道、市内高速道路の整備を求め、そのために大阪都が必要だとする主張があり、次回の検討としたい。

 最後に、(1)の産業活性化については、ハード面の基盤整備がほぼ終わったとすれば、あとは、上記の大阪城周辺地区の例のような政策手段を効果的に投入するしかない。
 大阪都への一元化が主張されるのは、府と市がそれぞれの開発地区で「ブランド」つまり重点設定を取り合う恐れ、あるいは企業誘致のための府の大幅減税策に市が同調しない場合だろう。これも、次回で検討する。


 この記事での紹介は、コンパクトな紹介を試みるため、元の論文にある精緻さに欠けます。また、わたしのヘマで、元の論文とズレの出ている部分もあるかもしれません。
 もし、この紹介の論文について、興味をお持ちいただけたなら、こちらから元論文をどうぞ。
posted by 結 at 03:03| Comment(2) | 概要 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 恣意的なデータの出し方というのはよくやる方法です。
 例えば、維新の会は大阪の危機を煽るのに、平成8年と18年の10年間を比べていますが、大阪市が発表した府の自治制度研究会中間とりまとめに対する見解のなかでは、平成15年から19年の5年間を比べると、東京都や愛知県、大阪府と比べて大阪市の一人当たり市民所得がはるかに高い水準で回復している。

http://www.city.osaka.lg.jp/hodoshiryo/cmsfiles/contents/0000102/102565/kenkai_1.pdf

この資料の9ページあたり。
 また、これによると、過去10年をとってみても、一人当たり市民所得ではなしに、一人当たりの雇用者報酬を比べると、過去10年一貫して大阪市が東京都、大阪府を上回ってるとか。

 いずれにせよデータというものは、使う人の都合のいい数字のみを都合のいいように(場合によっては加工して)しか使わないものだということです。

 そういう意味では、大阪府でもなく大阪市でもない京都の大学の先生がものすごく客観的に書いていただいているこのような論文は、非常に説得力があります。
Posted by bafuken at 2010年12月06日 01:20
 ブルーバックス「統計でウソをつく法」は、古典的名著ですし、政治家、役人、宣伝マンが使う数字は、自分の都合のいいように、恣意的な扱いをされているのは、当然です。

 ただ、それにしては、報道を行うメディアが力不足過ぎますね。こういう点の検証をメディアがやらないなら、メディアの存在価値そのものが問われそうに思います。
Posted by 結 at 2010年12月07日 02:19
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