2010年12月02日

村上弘「『大阪都』の基礎研究−橋下知事による大阪市の廃止構想−」を読もう(その4)

4 東京都制の成立起源と評価

 大阪都構想が一定の支持を集めるのは、それが東京都をモデルにしていて、かつ都制(都区制度)が東京を発展させてきたというイメージがあるからだろう。
 しかし、歴史を少し調べれば、東京都制の導入は戦争遂行のためであり、都市の整備や住民サービスを目的としたものではなかったことが分かる。
 戦後も都制は存続したが、それがはたして東京の発展に繋がったかは、単純な問題ではない。

 東京都制の導入に至るまでには、複雑な政治過程があった。
 大正期から昭和初期にかけては、東京市は、他の5大都市とともに、大都市の権限拡大を求める「特別市」運動をおこなっていた。
 しかし、日中戦争開始後の1938年になると、内務省は「都制」案を提出した。東京市は廃止して区に分け、都長は官選でというものである。その理由付けは、府・市の「二重行政」の除去、市に対する府と内務大臣の「二重監督」の撤廃であった。
 これに対して、東京市会の諸政党や新聞などマスコミも内務省案を批判したので、都制案は棚上げになった。
 しかし、1941年に英米との戦争が開始され、東條内閣は、従来の理由付けに「帝都」における戦争遂行体制の確立を加え、東京都制案を帝国議会に提出し、東京都が発足した。
 東京の歴史に関する公式記録の1つは、「東京都制は、太平洋戦争の勃発がなければ、おそらく実現できなかった。」とまとめている。

 第2次大戦後、都道府県知事は官選から公選制となり、東京都でも区長は公選となったが、1952年に区長公選は廃止され、その後、1974年に復活する。その頃から、都からの権限移譲も、順次行われてきた。
 こうして、1943年の東京都制における3つの問題のうち、(1)「官選の都知事」という点は解消されたが、(2)「特別区の自治権の弱さ」はなお残り、(3)「東京市域の特別区への分断」には変化がない。

 (2)「特別区の自治権の弱さ」に関して、特別区は、清掃事業など少しずつ都からの権限移譲を受けてきたが、それでも一般の市に比べたら限られた役割しか果たせない。特別区は法人市民税等を徴収できないこともあって、産業政策に不熱心だといわれる。
 他方で、(3)「東京市域の特別区への分断」による特別区の面積の狭さから、特別区間での政策の不整合が目立ち易い。中心市街地活性化や防災対策は、区ごとに行われバラバラになっているという指摘もある。この不整合は、特別区への権限移譲が進めば、より深刻になる。特別区の自治の拡大と、東京市域全体での政策の整合性という2つの目標は、相互にトレードオフの関係にあるわけだ。
 もちろん23区全体の重要政策は東京都が担当するが、これは地域や住民から遠いという別のデメリットを伴うわけである。

 これは、自然に成長した東京市の高次機能を、東京府が吸収合併して都になり、それでも東京市域で基礎自治体は必要だが、東京市を残すわけにもいかず区に分解してしまった、という集権化のプロセスの「矛盾」の現れではないだろうか。
 こうした状況に対して、「東京市」の復活を求める意見も出てきている。


 大阪都構想に従えば、東京では東京市の廃止によって、政策能力がより向上したはずだ。しかし、戦後の民主主義と経済成長という条件の下で、一元的な東京都政は、高いパフォーマンスを示してきたといえるか。

 東京都の巨大な経済力と財源、首都という条件下での民間企業や国による各種事業の集中は、この世界的大都市の著しい発展を支えてきた。ただ、都庁が進めた政策という意味では、成功も失敗もあり、他の指定都市や府県と比べて、特に優れているとはいえないようだ。

 東京都の政策の中でも有名なものを挙げると、1960年代のオリンピックと都市基盤の整備、70年代の積極的な公害対策や福祉施策、銀座の歩行者天国、80年代の活発な都市再開発と新都庁ビルの建設、90年代の世界都市博覧会の中止、2000年代の更なる都市再開発、銀行税の挫折、ホテル税の導入、オリンピックの誘致失敗などが記憶に残る。

 東京オリンピックを契機とした都市の改造は、大阪でも、府と大阪市が共同で誘致した1970年「万博」の際に同様に進めることができた。
 公害対策等を推進した革新の美濃部都知事は日本全体の政策転換にインパクトを与えたが、もし保守都政が続いていたら、「東京市」という別の政策主体が存在しない分だけ、政策転換の遅れは深刻になったのではないか。
 計画済みの博覧会を中止するという、従来の日本では考えられなかった青島知事の勇断は、全国の公共事業見直しにはずみを与えた。たしかに、都・市の共催であれば、中止の決定はより複雑になっただろう。
 オリンピックの誘致は大阪市も、東京都も、反対の世論がオリンピック委員会に察知されるなどで、うまくいかなかった。

 大阪で第3セクタービルや湾岸埋立地の空きが目立つのは、経済力の差で、東京都が開発を一元管理し抑制した結果ではないようだ
 大阪市が存在せず、賢明な「大阪都」に一元化されていれば、大阪市付近に埋め立てを限定し、府下の自然海岸を保全しただろうか。
 また、地下鉄は、東京都内であっても、23区の外側にはほとんど延伸されていない。

 企業誘致政策等を調べていないが、以上概観した限りでは、東京都への一元化ゆえに特に成功した政策は、あまりなさそうだ。


 なお、参考として、大都市自治体の廃止と復活についても見ておく。
 大都市自治体は、世界各国に見られる機能的な制度で、またその政治行政機構としての力も大きいため、いったん設置されると廃止されることは少ない。
 戦時中の東京市の廃止や橋下知事の構想は、例外的な事例といえる。

 海外の事例として有名なのは、イギリスのグレーター・ロンドンの廃止だろう。
 ロンドンの大都市圏を運営するグレーター・ロンドンは、サッチャー首相によって1986年に廃止され、その機能はロンドンを構成する各区に移管された。背景には、労働党左派が政権を握ったグレーターロンドンとの激しい政治的対立があった。
 しかし、ロンドンの場合、これで都市全体を包括する自治体が存在しなくなったので、廃止は到底理解できないとの批判も起こった。労働党は、すぐ1987年にはマニフェストでグレーター・ロンドンの復活を掲げた。
 それでも、グレーター・ロンドンの復活は、労働党政権の下、2000年のことになる。

 グレーター・ロンドンが廃止・解体されたあと、地域の声だけでそれを復活させるのは難しかったようだ。
 もし、大阪市がいったん廃止・解体されたならば、復活の可能性は大きくないと考えておくべきだろう。


 この記事での紹介は、コンパクトな紹介を試みるため、元の論文にある精緻さに欠けます。また、わたしのヘマで、元の論文とズレの出ている部分もあるかもしれません。
 もし、この紹介の論文について、興味をお持ちいただけたなら、こちらから元論文をどうぞ。
posted by 結 at 03:29| Comment(4) | 概要 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
大阪都反対となると、やはり自動的に東京府復活、東京市復活を言うべきなんでしょうね
Posted by momo at 2010年12月28日 21:56
momoさんへ

 コメントありがとうございます。
 ただ、大阪都構想に反対の人が、全て東京市復活をいうべきとは思いません。ひとの考え方は、それぞれですから、東京特別市がよいという方もいるでしょうし、一部の区で根強い意見があるように、特別区はそれぞれ市として独立した市になった方がよいという意見もあると思います。(世田谷区など、人口80万人超えで、政令指定都市の規模があります。)
 村上氏の論旨も、東京都制の否定というよりも、必ずしも東京都制があったから、東京都が栄えている訳ではなく、功罪半ばと言ってるだけだと思います。

 わたしは、東京都制は少し歪な制度だと思っています。東京都の場合、東京都の人口1250万人のうち、23区で850万人(約7割)を占め、特別市に近いものとして結果的に機能しているので、あまり弊害は目立たないかもしれませんが。

 でも、現行の国、府県、市町村がそれぞれ独立した自治体としてある地方自治の制度を、わたしは望ましい制度だと考えます。
 府県が基礎自治体の財源・権限を握り、基礎自治体の単位で住民が自分の払った税金の使いみちを決めることのできない制度(都制度の影響を受けない人が大勢の850万人の代表が、30万人の基礎自治体に市税のうちどれだけを渡すかやどんな業務をさせるかを決めてしまえる制度)は、自然なものとは思いません。
Posted by 結 at 2010年12月29日 01:36
グレーターロンドンのところで「都市全体を包括する自治体が存在しなくなったので」とありますが、その役割をするのが大阪都ではないですか。「都市全体を包括する自治体が存在しなく」なることはありません
グレーターロンドンは内部構成は異なりますが人口・面積とも大阪市ではなく大阪都に匹敵します。都市中心部において身近な住民サービスに関して適正規模の基礎的な自治体を維持しつつ、全体を包括する自治体を設けるという考えは、ロンドンがあわてて取り戻したものではありませんか。
Posted by at 2011年01月18日 12:49
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Posted by 結 at 2011年01月19日 03:36
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