でも大阪都構想の損得は、全体で考える必要があるので、そういう話をしてみます。
〇「簡単に」ではなく、ある程度まとまった記事としては「大阪都構想を、きちんと考えてみる」を見てみてください。
〇大阪都構想がどういう制度かという話は、「大阪都構想って、こういうこと」をどうぞ。
大阪都構想の基本のひとつは、「(府と市が)別々にするより(府が)まとめてする方が効率的」ということです。わたしも、これに則って話をします。
ただ、大阪都構想は「府と市を併せて、ひとつにする」のではなくて、「府と市を併せて、6つにする」(大阪府+5特別区)ものです。
大阪市の年1兆7千億円の予算規模のうち、4千億円部分を大阪府と統合して、1兆3千億円部分を5つの特別区に分割します。(元データ 元サイト)
なので、「府と市を併せて、ひとつにする」のとは、色々と違ってきます。
また「別々にするより、まとめてする方が効率的」という話、理論の話と具体化した設計図では、なかなか一緒になりません。そこも切り分けて、考えます。

・・・で、大阪都構想の損得を、簡単に全体的にみると、この表になります。プラスが「青」、マイナスが「赤」です。
後は、この表の補足説明です。
まず、「理論」の方から見ます。
●【行政コスト】【行政レベル(専門性)】
広域側は、コストは削減できて、行政レベルも向上します。
特別区側は、大阪市一体で行っていた事務を分割して、5つの特別区でそれぞれ行うのですから、コストは増加し、行政レベルは低下します。
問題は、広域側のプラスと特別区側のマイナスのどちらが大きいかですが、基本的には、規模も1兆3千億円と大きく、分割数も5分割と多い、特別区側のマイナスの方が大きくなります。つまり、大阪都構想は全体としては、「行政の無駄を無くす」のではなく「行政の無駄を作る」のです。
また、広域側のプラスは大阪府民全体で享受しますが、特別区側のマイナスは、大阪市民だけで負うことになります。
この説明をした時の維新の方の反論として、「特別区は大阪市を5つに分割するのではなく、24区を5つに統合するから効率的になるんだ」というのがありますが、この点についての整理は「(論点5)特別区の行政サービスは低下する」を参照下さい。
●【その他】の「大阪市民の府の経費負担が不平等」
一般に、市税を市に支払って、市から基礎自治のサービスを受け、府税を大阪府に支払って、大阪府から広域のサービスを受けます。
政令市、中核市、特例市は、府の仕事の一部を政令市等が引き受ける制度ですが、府税の一部は貰えません。(権限だけの移管で、財源は移管しない)(地方交付税で多少補填されます)
つまり、市が府の仕事を引き受けて、市の単位で決めたいなら、市税を割いて(基礎自治のサービスを削って)やりなさいという考え方です。
大阪都構想は、大阪市が行っている府の仕事を、大阪市の財源とセットで府に集約するという制度です。
そのため、大阪都構想の実現後、大阪市民は、大阪府から他の府民と同じように府の広域サービスを受けるだけなのに(=市の単位で決めることはできないのに)、「府税+市税の4分の1」を大阪府に納め、「市税の4分の3」で基礎自治のサービスを受けることになります。(大阪市民以外は、基本的に市税全部で基礎自治のサービスを受けます。)(詳しくは「(論点4)大阪市民だけが、市税を割いて余分に府財政を負担する」参照)
次に「具体案(協定書案)」の方です。
つまり、理論であったプラス面は、設計図の具体化に当たって、どう実現が見込まれているか?マイナス面は、どの程度と試算をし、マイナス回避にどのような手が打たれているかです。
●広域側の【行政コスト】【行政レベル(専門性)】
まず、年40億円程度の行政コストの削減については、「僅か」としました。
年40億円程度というのは、長期財政推計の平成45年度効果額229億円を、次の表のように分割した時の「府市統合に関係」の効果額です。(分類の考え方などは「(論点1)二重行政の無駄解消って、どれくらい?」を参照)

また、「僅か」としたのは、府市の統合規模は、大阪市の4千億円の事業部分に大阪府の一般会計予算2兆7千億円の一部(おそらく数千億円規模)を統合するのですから、「二重行政の無駄」など無くても数百億円の統合効果(=コスト削減)くらいはありそうなものだからです。
次に「行政レベル(専門性)」の向上の「期待できず」です。
まず「統合効果」というものを考えてみます。
「府10」「市10」の事業を行っているなら、府の事業規模を20に拡大して実施した方が、コストを削減し、行政レベルも上がるという考え方です。もちろん、この効果を実現するには、府の事業を、一体のものとして合理的に拡大し、コストも必要最小限に、しっかり絞り込む必要があります。単に、府の組織の隣に、市の組織を並べて、今まで通りの仕事をするだけでは、当然、たいした統合効果は実現されません。
そして府市の事業の一元化を普通に実現したとして、「凄い行政」になるかというと、大したことは無いと考えます。
大阪都構想が主張する広域一元化というのは、政令市がない府県では既に実現されているものです。
つまり近隣でいうと、政令市のある大阪府、京都府、兵庫県の体制から、奈良県、和歌山県、滋賀県、三重県の体制へ移るだけのことです。
大阪都構想実現後の大阪府が、彼らが語るような「凄い広域行政」を行うには、単に府市の事業を一元化して規模を大きくするだけでなく、「凄い組織」に生まれ変わらせる必要があります。
つまり、2つの組織 < 一元化 <<< 「凄い組織」になるよう工夫をした一元化 な訳です。
では、具体案(協定書案)では、どうなっているのでしょうか。
府市統合本部会議の資料まで広げると、大学、病院など事業部門や外部組織(AB項目と呼ばれています)について、少し検討したものがありますが、肝心の府庁本体に統合される予算4千億円、職員2千人部分について、どういうものにするのか、協定書案に具体的な記述はありません。
そこで、統合後の予算や職員数をどのように試算しているかで、統合後の検討状況を推し量ってみます。
予算額は、事業部門や外部組織(AB項目)で多少の精査・削減(=これが年40億円)していますが、それ以外は「府の予算額+市の予算額=統合後の府の予算額」です。
職員数は、「府の職員数+精査後の市の職員数=統合後の府の職員数」です。
「精査後の市の職員数」とは、現行数2243人から「府の削減計画と同等の効率化で286人削減(このうち、管理部門を中心に重複部分170人を当初から削減)」と「技能労務関係のアウトソーシングによる見直し593人削減」です。
アウトソーシングは統合効果ではありませんし、市からの移行人員に対して府の削減計画(10年間、年1.6%減)を適用するのも統合効果ではありません。かろうじて「管理部門を中心に重複部分170人を当初から削減」が統合効果として評価できる程度です。
統合後の予算や職員数の試算から見えてくるのは、「府市の事業を統合し、一体の事業として合理的に編成し、コストを必要最小限に絞り込む」ような一体化した事業の姿は、全く描けていないということです。この試算は「府の組織の隣に、市の組織を並べて、府と市の組織が同じ場所で、今まで通りの仕事をするだけ」の方に近いです。
つまり、協定書案は、次のような評価しかできません。
2つの組織 < 協定書案 < 一元化 <<< 「凄い組織」になるよう工夫をした一元化
これでは、「行政レベル(専門性)」の向上は「期待できず」としか評価できませんし、行政コストの削減が、年40億円程度と「僅か」なのも当然です。
(参照:「(補1)大阪都構想の統合効果が悲し過ぎる」)
●特別区側の【行政コスト】
橋下氏らは、次の長期財政推計を使って、「特別区がちゃんとやっていけると確認した、住民サービスが低下することはない」と説明します。
メリット・デメリット整理の表では、特別区側の具体案の「行政コスト」を「不明(全体の試算なし)」としました。なぜ、「全体の試算なし」なのかをご説明します。

(元データ 元サイト)
長期財政推計の表の下の表は、上の表のH33までの赤字期間を、土地を売ったり、基金を取り崩したりして、遣り繰りが可能ということと、土地を売ったりして遣り繰りした後の累積値を示してるだけなので、とりあえず関係ありません。
上の表がどういう試算でできているか、H45だけに着目して、見ていきます。
H45の300億円の黒字のうち、財政収支推計Aが121億円、再編効果・コストBが179億円です。
Aの財政収支推計121億円は、大阪都構想と関係なく、現在のままでも121億円の黒字が見込まれているということなので、大阪都構想の試算とは関係がありません。つまりBの再編効果・コスト、179億円が肝心です。
179億円の内訳は統合効果・改革効果150億円、特別区再編による職員減67億円、そこから差し引く特別区再編によるコスト増が38億円です。(元データ 元サイト)
特別区側の【行政コスト】の増減は、特別区再編による職員減67億円、特別区再編によるコスト増38億円の部分です。
特別区再編による職員減67億円の試算も、全く無茶(参照「大阪市一体の事務を5つに分割して実施すると、所要人員が減るという試算の背景」)なのですが、ここでは「特別区再編によるコスト増38億円」の話をします。

財政シミュレーション(元データ 元サイト)
長期財政推計(元データ 元サイト 合計分の 元データ 元サイト)
この表は長期財政推計の明細から抜き出したものです。長期財政推計は協定書案をまとめた2014年7月のもの。それと、協定書案をまとめる前のパッケージ案(2013年8月発表)から作成した財政シミュレーション(2014年1月)の数字もセットで並べました。
コスト試算の細目は、「システム運用経費」「ビル賃料(庁舎費用)」「議員報酬等」の3項目と分かります。パッケージ案の時は、この3項目の増加額だけでなく、変更前の現行支出額も資料にありました。「システム運用経費」「ビル賃料」「議員報酬等」の変更前の現行支出額の合計は120億円です。
つまり、ざっくり言うと、コスト増試算38億円も、現行支出額120億円に対する増加額なのです。(32%増)(かなりざっくりな説明です。注釈は「(論点6)特別区のコスト試算は杜撰」を参照。)
特別区全体の予算規模は1兆3千億円。「特別区再編による職員減」の試算は別にするため、人件費部分を除くと、概ね1兆2000億円。
1兆2000億円のうち「システム運用経費」「ビル賃料(庁舎費用)」「議員報酬等」の3項目120億円について、5つの特別区に分割した時のコストを試算すると38億円増の158億円になった。
だから、現行支出額1兆2000億円は、特別区再編後1兆2038億円になる。
・・・というのが、この「特別区再編によるコスト増38億円」です。
でも変じゃありませんか?
現行支出額1兆2000億円のうち、試算したのは3項目120億円部分だけです。3項目以外の支出の大半を試算せずに「コストの増減はない」と決め付けてしまってるのです。試算した3項目120億円は3割も増加してるのに。
現行支出額の大半を、試算なしで「コストの増減はない」と決め付ければ、試算上は大幅なコスト増は出てきませんが、これでは全体の試算が無いのと同じです。そのため、「不明」としました。
そして、全体試算が不明の中で、試算した3項目120億円について32%増という数字が出ているのは、大半を試算していない1兆2千億円のうちの何割かの部分が32%とかのコスト増になってもおかしくないということなので、とても危険なことです。
(参照「(論点6)特別区のコスト試算は杜撰」)
●特別区側の【行政レベル(専門性)】
特別区側は、大阪市一体で行っていた事務を分割して、5つの特別区でそれぞれ行うのですから、行政レベルは低下します。
特に、市役所・本庁から特別区に分割配置される概ね4千人の事務は、単純に特別区に分割すると、今までの事務の引継ぎも困難で、著しい行政レベル(専門性)の低下が危惧されます。
協定書案で、この点についての議論はほぼ無く、何の対策もなく、単純に分割するのみです。
(一部、一部事務組合へ移行しますが、この対策としては、一部過ぎます)
(参照「(論点5)特別区の行政サービスは低下する」)
●特別区側の【民意反映】
理論だけで言えば「近くなる」ですが、特別区の規模が大き過ぎ、「住民の意思反映ができているか」についての指標の整理すら、全く行っていない現状では、「評価できず」としかできません。
(参照「(論点3)特別区になると、住民の意思が反映されるようになるの?」)
●【まとめ】
大阪都構想は、理論上でさえ、プラスよりマイナスの方が大きい、基本的に大阪市民に損を押し付ける構造の制度です。
具体案(協定書案)は、プラス面を活かすものになっておらず、マイナス面は、無視して、問題ないかのように説明上糊塗しているため、何の対策もないままです。

このため、大阪府知事・市長ダブル選挙で、維新候補が大阪都構想を推すに当たっては、この部分だけを、ひたすら抽象的に素晴らしいんだと、これをやるしかないんだと、推すことになります。
「次に提案する具体案は、住民投票に掛けた今の協定書案ではない、見直しを行い、バージョンアップするから、問題なくなるのだ」というのは、どうでしょうか?
次の点で、今、維新候補が言う「見直し」では、ここで挙げたマイナス面や問題の解消が期待できないと考えます。
〇松井氏が挙げる見直し点が、「区割り」「区名」といったもので、ここで挙げる問題とは掛け離れていること。
〇ここで挙げたマイナス面や問題の解消を図ろうとすれば、協定書案の抜本的な見直しが必要になりますが、それには、住民投票で市民に賛成を求めた協定書案が抜本的・構造的問題を抱える案であったことを認める必要があります。維新候補の主張は、そのような立場に立っていません。
〇4年掛けて、こんな具体案(協定書案)しか作れなかった方々が、「作り直したら、今の案の様々な問題を解消した素晴らしい具体案を作れる」という根拠が、そもそも、ありません。