前回の記事で「橋下氏らが大阪都構想で主張する『大阪府と大阪市が協議・調整を行っても、利害が対立し、何も決められない』というのは、当然『合意に向けて十分な努力を尽くしても』という前提が付くはずで、大阪戦略調整会議での党利党略の主導権争いなど、まだ、そういう議論に辿り着きもしていない」としました。
今回は「では、ちゃんと協議・調整をすれば、利害の対立する課題を決めていくことができるの?」ということを整理したいと思います。
橋下氏は「大阪府と大阪市が協議・調整を行っても、利害が対立する課題について、同意・決定することはできない」とし、「大阪都構想で(広域行政に関する)組織を一元化し、一元的な決定を行えるようにする必要がある」と繋がります。
少し言い換えると「大阪府が、大阪市の権限や事業に跨る事案について、大阪府全体として政策決定を行おうとしても、その政策が大阪市に損なものであれば、大阪市の同意を得て、決定をすることなどできない。いくら話し合ったからと言って、大阪市が『損なこと』をいいですよとは言わない」、だから「大阪都構想で、大阪市の権限や事業も大阪府へ集約し、大阪府全体として政策決定を行えるようにする必要がある」です。
これに該当する項目ということなのでしょうか、維新から二重行政解消名目で、大阪戦略調整会議で早く議論せよと提案されている府市の事業統合項目は、次のものです。(
元データ、
元サイト)
〇大学の統合(大阪府立大学・大阪市立大学)
〇港湾管理の一元化(大阪港・堺泉北港・阪南港)
〇病院の経営統合(府立病院機構・大阪市立病院機構)
〇府立産業技術総合研究所・市立工業研究所の統合
〇府立公衆衛生研究所・市立環境科学研究所の統合
「なんや、住民投票で否決された協定書の一部を切り出して来て、実施させろと言うてるんか」な項目です。
でも、そういうこと抜きでも、協議したからと言って、彼らの主張する形での決定は難しいかと、(直感的なものですが)思ってしまいます。
でも、それでも「利害が対立する課題が、協議・調整で、同意・決定することはできない・・・と決め付けることはできない」と思うのです。
「利害が対立する課題を、協議・調整で、同意できる可能性」について、整理してみます。
まず、府と市の利害が対立した事例として、2008年〜2009年に行われた水道事業統合をモデル化して、議論の素材にしてみます。
昔の話ですが、府と市の利害対立として典型的な事例ですし、コスト・効果が数字で示しやすいので、議論の対象として扱い易いのです。
〇大筋は沿いますが、ポイントは絞って、数字は大雑把です。厳密な事実の検証ではありません。モデル化し、あくまで議論の素材の扱いです。
〇実際の協議では、大阪府案に対し、大阪市案が示されて議論されていましたが、大阪府案に絞って見ていきます。
〇当時、府市担当者の協議は行き詰まりましたが、実際の協議では(当時の)橋下知事が大阪市案を丸呑みする形が合意に至り、その合意案は、府水道のユーザーである府下市町村に受け入れられず、頓挫しました。ここでは、府市担当者の協議で行き詰っていた部分を取り出して、見ていきます。
【目的】
まず、協議の目的を設定します。
府水道、市水道共に、水需要予測を誤り、浄水場に大幅に過剰な供給設備を抱えていました。

府水道、市水道は、それぞれ3つずつ浄水場を所持していますが、上の図のように、府と市がそれぞれ、能力100の浄水場を50だけ使っているのなら、一方の浄水場を廃止して、残した浄水場を100使って、水供給をした方が効率的です。
当時、こういった効率化で、30年間で2800億円の統合効果を生み出せるとされました。
府市一体で経営資源を活用し、この統合効果を生み出すため、府市の水道事業の統合を検討したとします。
【概要】
(1)府市の水道事業(市の水道事業は浄水場部分のみ)を、一つの組織に統合し、府5割・市5割で代表組織を構成し、経営を行う。
(2)市水道の浄水場を廃止し、そのことで不足する水は、府水道の浄水場から供給を受ける。
【市側のデメリット】
この案は、府側から提案され、市側が受け入れなかったものです。市側には、何が問題だったのでしょうか?わたしの指摘は、次の2点です。
〇「府市の水道事業を統合し、府5割・市5割で経営」について
府は、府水道の大阪市以外への水供給事業の経営を10割から5割に落としますが、府市を統合した水道事業の5割を得ます。府としては、これをプラスと捉えていたようです。市側へも「フィフティの提案をした」程度の認識だったようでした。
市側は「大阪市民の代表が運営する組織で、大阪市民の利益のために水道事業を運営する組織」です。なので、大阪市民への水道事業が決定的に重要で、大阪市民以外への水道事業の優先度は低くなります。
だから、大阪市民への水供給事業の経営を10割から5割に落として、府水道の大阪市以外への水供給事業の経営の5割を得たとしても、「大阪市以外への水供給事業の経営関与」は「大阪市民への水供給事業の経営を5割に低下」の替わりにはならないのです。
つまり、「府市の水道事業を統合し、府5割・市5割で経営」は、市側には「大阪市民への水供給事業の経営を10割から5割に低下させ、『大阪市民の利益を最優先としない者』に5割の経営を委ねる」提案でしかありません。
市水道は、経常的な経費削減の取り組みで平成10年度から平成21年度までの11年間で年間経費を157億円削減し、平成23年度から平成27年度の5年間で年間66億円の経費削減に取り組むとしています。(「
大阪市水道事業中期経営計画(平成23〜27年度)」より)
大阪市民への水供給事業の経営の5割を失ってまで経営統合を行うなら、大阪市民に対する水供給で、経常的な経費削減の取り組みを遥かに超える経営改善が見込める必要がありますが、そのような経営改善は見当たりません。
〇「市水道の浄水場を廃止し、府水道の浄水場から水供給を受ける」について
府市の水道事業を統合するなら、通常、会計統合も行います。
市水道の浄水場原価(固定費含む)が1立方メートル40円に対し、府水道の供給価格は80円ですから、会計統合をして価格の平準化を行うと、大阪市民に対する水原価が現状の40円から、60円程度に跳ね上がります。
これも統合協議の中で問題になった点ですが、2011年の大阪市長選に当っての橋下氏の発言では「この問題を回避するために、市水道部分と府水道部分の会計をそれぞれ独立させる(=「会計分離」)提案を行っていた」とされました。
統合協議の記録で、会計分離の提案は確認はできませんでしたが、会計分離を前提に、ここでは考えることにします。(2012年の水道企業団と大阪市水道局の統合協議で具体的に示された、会計分離による統合案も参考にしました)
会計分離を前提にすると、「市水道の浄水場を廃止し、府水道の浄水場から水供給を受ける」とは、(水供給の一部分ですが)市水道側は原価40円の浄水場を廃止して、替わりに80円で府水道から水供給を受けることになる(2012年の水道企業団と大阪市水道局の統合案を参考)ので、会計統合の場合ほどではなくても、大阪市民に対する水原価は上昇します。
整理すると、上記の統合案では、府側は「経営資源効率化が実現され、30年間で2800億円もの統合効果が期待できる」として、大阪府全体では、ぜひ実施すべき案だと主張します。
市側にとっては、「大阪市民の利益を最優先とする市民の代表が、大阪市民への水供給事業の経営の5割を失う」「大阪市民に対する水原価が上昇する」というデメリットばかりの案で、とても同意などできるものではありません。
この大阪府と大阪市の利害が対立する状況は、協議・調整で合意できる可能性はあるのでしょうか?
この府と市の利害対立に対し、合意の可能性を探るため、2つの整理を提案します。
【整理1】
まず、「府市の水道事業を、一つの組織に統合」を止めることにします。
最優先の目的は、「府市の(水道事業の)経営資源を効率的に活用し、巨大な効果を生み出す」ことです。
「経営資源の効率的活用」は、「市水道の浄水場を廃止し、府水道の浄水場から水供給を受ける」ことで実現されるのであって、府と市の水道事業が組織統合されるか、されないかは関係がありません。
それなのに、府と市の水道事業の組織統合は、市側に「大阪市民への水供給事業の経営の5割を失う」という巨大なデメリットを発生させてしまいます。
「経営資源の効率的活用」に近づく為には、府と市の水道事業の組織統合は、ひたすら邪魔をしているだけなのです。
【整理2】
「市水道の浄水場を廃止し、府水道の浄水場から水供給を受ける」ことに伴う利益構造は、次のようになります。

*面倒な注釈(読み飛ばし推奨)
市水道の浄水場原価40円は、通常の変動費(浄水過程で必要となる電気代や薬剤費など)と固定費(浄水場の維持費、更新費など)を合わせたものです。
ただ、この場面では、正確には「浄水場を廃止して、府水道から水供給を受けると不要になる費用」であるべきで、それは「変動費、浄水場廃止で不要になる浄水場の維持費・更新費など」から「浄水場廃止の工事費、府水道から水供給を受けるための配水管工事費など」を差し引いたもので、通常の浄水場原価40円とは一致しません。ただ、ここでは議論の簡略化のために、通常の浄水場原価40円を使用します。
「市水道の浄水場を廃止し、府水道の浄水場から水供給を受ける」と、市水道側は水1立方メートルごとに、原価40円の自前の水の替わりに、府水道から80円で水供給を受けることになります。
府水道側は、市水道への水供給は余剰設備の活用なので、固定費を除く原価(=変動費)10円が追加費用として必要になるだけです。市水道へ80円で販売すると、70円の利益増となります。
経営資源の効率的活用による効果額は、府水道の余剰設備を使用して、市水道へ水供給することで生み出されます。
府水道から市水道へ40円で販売すると、市水道側はプラスマイナス・ゼロですから、経営資源の効率的活用による効果額を全部、府水道側で独占した場合になります。
府水道から市水道へ80円で販売するというのは、経営資源の効率的活用による効果額を全部、府水道側で独占した上で、更に市水道側に負担増を負わせて、府水道側が利益を積み上げるというものなので、これで合意というのは無理があります。
府水道から市水道へ40円で販売した場合が、府水道側が効果額を独占。
府水道から市水道へ10円で販売した場合が、市水道側が効果額を独占。
・・・という構造ですから、府水道から市水道へ販売価格を10円と40円の間で設定すると、その価格によって効果額の府と市の配分割合を決定できます。
整理前、府側の「経営資源効率化が実現され、巨大な統合効果」に対し、市側の「大阪市民への水供給事業経営の5割喪失」と「大阪市民に対する水原価上昇」でデメリットばかり、という利害の対立は、【整理1】【整理2】の整理後は、府水道から市水道へ販売価格を10円と40円の間のいくらにするかで、「効果額をどのように配分するか」に切り替わりました。
ちなみに、整理前も、整理後も「経営資源効率化による効果創出」は何も変わっていません。
「効果額をどのように配分するか」ならば、協議・調整で合意できる可能性はかなり高まったのではないかと期待します。
*蛇足ですが、上記の「市水道の浄水場を廃止し、府水道の浄水場から水供給を受ける」統合案は、2012年の水道企業団との統合協議で再試算を行うと、18年間で、市水道側のコスト増358億円(柴島浄水場の簿価300億円の土地を330億円で売却し、売却額330億円を全額、効果額計上した場合)に対し、府水道側の効果額270億円と、効果額は存在せず、逆にマイナスになるとされました。
この水道統合協議を素材とした議論整理は、議論をシンプルにするために、様々な課題を切り捨てていますから、「こうしていれば、解決していた」ということではありません。
それでも、「大阪府と大阪市で利害が対立する課題は、協議・調整を行っても、同意・決定することはできない」と決め付けてしまうよりは、一歩前進できる可能性があるということを示しているのかなとは思います。
ポイントになりそうな点を挙げてみます。
【ポイント1】
利害の対立する課題を、ここで挙げたような協議・調整でうまく行かせるには、例えば、事業統合の例でいうと、事業規模に比して、十分な統合効果が生み出されることが大切です。十分な効果が生み出されるなら、利害対立を効果の配分に置き換えて行ける可能性が高まるからです。
(勿論、ここでいう「効果」とは、一方だけが言い立てる効果ではなく、協議の関係者で理解を共有できる効果である必要があります)
この記事の前段で、維新から二重行政解消名目で、大阪戦略調整会議で早く議論せよと提案されている府市の事業統合項目の次のものについて、彼らの主張する形での決定は難しいのかなと書きました。
〇大学の統合(大阪府立大学・大阪市立大学)
〇港湾管理の一元化(大阪港・堺泉北港・阪南港)
〇病院の経営統合(府立病院機構・大阪市立病院機構)
〇府立産業技術総合研究所・市立工業研究所の統合
〇府立公衆衛生研究所・市立環境科学研究所の統合
それは(わたしの知る限りでですが)事業規模に比して十分な統合効果が示されていないと思うからです。
効果が生み出されないのに、利害が対立する課題というのは、ある種のゼロサムゲーム(=奪い合いのゲーム)ですから、「お前のものを俺に寄越せ」「とられるもんか」という話を、ここで挙げたような協議・調整でうまく合意させるのは、困難に思います。
ただ、効果を生み出さない事業統合などを、大阪府が要求する通りに合意されないといけないのかというと、市民としては「効果が無いなら、実現しなくてもいいんじゃない」と思ってしまいます。
【ポイント2】
利害の対立する課題を、ここで挙げたような協議・調整でうまく行かせるには、(それぞれの立場からの)効果、コスト、リスク、問題点などを、しっかりと整理し、協議担当者で理解を共有することが大切です。
この整理と理解の共有がうまく実現できれば、ある程度、合意点が見えてきます。
勿論、この整理に当たって、柔軟な発想で、解決を困難にする点を解消・回避していけば、更に合意に近づきます。
実際の協議の場に出てみると、このような整理の作業が進められない場合というのがあります。
一番思い当たるのは、協議の一方が「自分の提案を一方的に押し付けようとし、相手方の提案をひたすら否定する」という交渉態度を採る場合です。
ここでいう協議・調整というのは、双方が合意を目指して、双方の譲れない点と譲れる点をすりあわせ、合意できる点を模索する作業です。
それなのに、協議の一方が「自分の提案だけが正しい」「相手方の提案は、間違いだ」「一切譲歩するつもりはなく、自分の提案通り以外の合意はない」と言ってしまっては、協議は成立しません。
こういう交渉態度に出る場合、相手に何とかして、自分の提案を押し付けよう、相手を追い詰めて、無理にでもウンと言わせようとするので、相手方の対応の余地も狭めてしまいます。
相手方が、双方の主張の中間的な妥協点を提案したりすると、「あなたの提案には一貫性がなく、おかしい。あなたのおかしな提案は取り下げて、わたしに合意しろ」のような揚げ足とりをされたり、「わたしの100の提案に対し、あなたは今まで0で提案していたが、50を提案されるのだな。では、今までの100か0かという議論ではなく、100か50かで協議しよう」のような一方的に譲歩を押し付けられたりと、損でしかないからです。
そのため、協議の一方が「自分の提案を一方的に押し付けようとし、相手方の提案をひたすら否定する」という交渉態度を採ると、相手方も同じ交渉態度を採らざるを得ず、どうにも協議は動かなくなってしまいます。
これは、会議のルールの問題とか、協議テーマの問題ではなく、プレイヤーの問題です。
協議は、双方が合意を目指すことで進むというのは、当然のことです。だから、協議の一方が「自分の提案を一方的に押し付けようとし、相手方の提案をひたすら否定する」のでは、当然協議は進みません。
でもこれは、「利害の対立する課題を、協議・調整で合意・決定することはできない」というのとは、少し違うように思います。
「自分の提案を一方的に押し付けようとし、相手方の提案をひたすら否定する」交渉態度の例としては、
第1回大阪戦略調整会議での橋下市長の交渉方法が典型的で分かり易いです。2時間の会議は少し長いですが、協議がみるみるうちに、動かなくなっていくのが分かり易く確認できます。
【ポイント3】
前記の水道統合協議の例で、
〇整理前の府市の利害が対立した状態を解決する手段として、大阪都構想の方法を採り、大阪府知事が一元的に決定できるようにした場合と、
〇整理後の府市で効果配分できる状態まで持っていき、協議・調整で解決する場合とで、
「水道事業の経営資源の効率化」という効果は同じです。
「水道事業の経営資源の効率化」は同じで、大阪府知事が一元的に決定できる方が、時間もかからず容易ですが、わたしは(時間がかかり、容易でなくても)協議・調整で解決する方法であって欲しいと思います。結論に、かなりの違いがあるからです。
大阪府と大阪市の利害が対立する課題を、大阪府知事が一元的に決定するということは、「利益を大阪府が総取りし、損を大阪市に押し付ける」形で決定するということです。(大阪府知事が、利益を府と市で分け合うように提案するなら、そもそも利害は対立しません)
大阪府と大阪市の利害が対立する課題を、府と市で協議・調整で解決するということは、一方的な損の押し付けなどではなく、利益を分け合うように合意を図るということです。
誰かに一方的に損を押し付ける形で、決定が進められることを、わたしは好ましいとは思いません。それよりも、利益を分け合う合意を図る方が好ましく思います。
まして、一方的に損を押し付けられるのが、わたしを含む大阪市民というのでは、なお更です。
(追記)
念のためにお断りしますが、「大阪府と大阪市の利害が対立する課題」が、協議で解決する・しないに関わらず、大阪都構想に反対なのは変わりません。
大阪都構想は「大阪府と大阪市の利害が対立する課題を安易に解決する」としても、「二重行政解消など主張される大阪都構想の効果は、あまり期待できず、住民サービスの低下など付随する問題の方が、ずっと大きい」(参照:
大阪都構想を、きちんと考えてみる)からです。