2014年05月05日

域内分権のコストと効果は見合うのか

 地方自治法改正案により、総合区の導入が議論に上がっています。
 これを機会として、(総合区には限定しませんが)行政区の区長権限強化を一般に指す「都市内分権」と、大阪都構想の特別区を比較してみたいと思います。

 観点としては、「地域別の住民サービス選択の希望」の実現と分権化に伴うコスト発生がリンクしていないことに着目し、コスト発生をできるだけ抑えながら「地域別の住民サービス選択の希望」を実現する方法を考えてみませんか?・・・です。


 まず、議論を視覚化、簡略化するために、簡単なモデルを作ってみます。

 まず、地域の想定として、市はa〜iの9個の行政区を持つとして、市を特別区に移行する場合、A〜Cの3個の特別区に分割するとします。

 業務毎に「m」と「r」のサービス選択(または「m」と「M」のサービス選択)があり、現在「m」で統一されてるものとします。
 「m−r」と「m−M」の違いは、「m−r」が一般的な排他的選択なのに対して、「m−M」は差異の小さな選択で、「M」は「m」に対して、一部例外的取扱いや細やかな地域的要望反映を求める程度の付加的選択とします。

 また、「m」と「r」(または「M」)のどちらを選択しても、コスト的な差異はないとします。
 ただし、全市統一で行うよりも、特別区単位(3分割)で行う方がコストは大きくなり、行政区単位(9分割)で行う方が、コストは更に大きくなるとします。

 また、全地域で「r」を希望しているのに、「m」で実施されるケースもあることとします。つまり、「行政が市民の希望を把握できていないケース」も想定に含めます。

00モデル説明.jpg

 現在の業務別の実施状況を次の通りとします。

01現状.jpg
 「分割難しい」は、「分割容易」より、分割実施する際にコストが大きい業務とします。
 「選択無し」は、法律などで決められていて、住民による選択の余地が無い業務とします。
 「分割不可」は、分割不可能というより、分割コストが大き過ぎる又は難しいとして、大阪都構想の中で一部事務組合が担当とされている業務を想定します。

 地域別の住民の希望を次の通りとします。

02希望分布.jpg

 特別区の場合に、地域別の希望を踏まえて、どのような住民サービスが実施されるかが、次の通りです。

03特別区.jpg
(業務05と業務12は、住民の希望は「r」なのに「m」のままとしています。これは、「行政が市民の希望を把握できていないケース」である業務04、05、11、12のうち、改善されるケースとされないケースがあると想定したものです。業務04、11が改善されるケース、業務05、12が改善されないケースです。)

・ひとつの市の中で、住民に近い部署の権限を大きくする都市内分権と違い、特別区はほぼ分市に近い手法なので、分割の困難性や必要性と関係なく、全ての業務を、特別区毎に分割します。
・ほぼ全ての業務を分割してしまうので、ほぼ全ての業務で地域別選択の反映が可能です。

・困難性や必要性と関係なく、全ての業務を分割するのですから、幅広い業務でコストが発生し、分割によるコスト発生は、とにかく大きいです。
・分割コストが大きいため、9分割が望ましいのにできません。3分割に止める必要があります。特別区の規模を小さくできないため、地域の希望を反映できないケース(業務06-d、07-f、13-d、14-f)や地域の希望が十分に届かないケース(業務05、12)が出てきます。


 都市内分権の場合に、地域別の希望を踏まえて、どのような住民サービスが実施されるかが、次の通りです。
(都市内分権は、権限移譲の範囲を極狭い範囲に止めるケースから、幅広く設定するケースまで、様々なパターンが考えられますが、ここでは「希望の多い・少ない」は考えず、分割容易な業務を全て権限移譲する場合を図にしました。)

04都市内分権.jpg

・どのような範囲・形態で業務分割を行うか、自由に設計することができます。
・地域の単位に即した、行政区単位(9分割)での分割が可能で、地域単位の希望に副ったサービス選択が可能です。

・業務分割から外れた業務での、選択改善はできません。
・権限移譲が中途半端にならないか、危惧を受け易いです。

(注意点)
〇特別区と都市内分権を同列で比較していますが、市の中で部署間の役割を見直す都市内分権と、市を廃止して、それぞれがひとつの市に近い特別区の設置(分市に近いもの)は、全くの別物です。

〇業務分割によるコスト増とは、
「今まで通りのサービスを行うためのコストが上昇」
「コスト上昇に伴う予算不足を補うための、サービスの一部カット」
「行政レベル低下による、サービス低下」
などを指します。

〇このモデルでいう「地域別のサービス選択が実現される」と、「個々の市民が行政に望んでいることが実現される」とは、大きく違います。
 特別区でも都市内分権でも、実現できるのは「業務を全市統一で行っているために、地域の希望を取り込めない場合」の改善のみです。
 「お金が足りないからできない」「法律などによりできない」「地域単位で見ても少数意見」などで実現されていない要望は、分権では実現されません。


 さて、この記事のテーマである権限分割によるコストと効果を比較してみましょう。

03特別区.jpg

 特別区の場合が特徴的ですが、コストは業務分割を行う業務01〜17の全てでコスト増を発生させますが、業務分割を行う業務01〜17の全てで、サービス選択の改善の効果がある訳ではありません。
 サービス選択の改善の効果を上げているのは、業務04、06、07、11、13、14の6つの業務だけです。

 業務分割は、(ほぼ)必ずコストを発生させますが、必ずしもサービス選択の改善に繋がる訳ではありません。
 闇雲に権限移譲・業務分割を行っても、コスト倒れになる可能性は十分にあります。


 都市内分権は、特別区と比較して、「権限移譲が不十分だ」「地域の意見反映ができないケースが出てくる」という批判が予想され、「可能な限り最大限の権限移譲を、どのように実現するか」といった議論に陥りることが危惧されます。

 でも、権限移譲がコストを発生させても、必ずしもサービス選択を改善しないことを考えると、「可能な限り最大限の権限移譲」は必ずしも一番良い答えとは言えません。
 都市内分権は、権限移譲の範囲などを自由に設計できる点に一番のメリットがあります。コストと効果の両方をよく考慮し、バランスの取れた権限移譲を目指すのが、より良い答えに繋がると思います。例え、「中途半端」と謗られようとも。


 この都市内分権を促す地方自治法改正案に対して、橋下市長が大阪市議会の大都市・税財政制度特別委員会で、「都構想と比較検討の対象となる。ただし、公選区長を選択できることが必要だ」という趣旨の答弁をしたことから、次のように報じられています。

--------------------------- 引用開始 ---------------------------
自治法改正案も議論の材料に=都構想と比較促す−橋下大阪市長
時事ドットコム (2014/04/07-19:08)
http://kiziosaka.seesaa.net/article/394166455.html

 大阪市の橋下徹市長は7日、今国会に提出された地方自治法改正案を基に、「大阪都」構想とは別の大都市制度見直し案を市議会に提示する考えを明らかにした。同日の市議会特別委員会での答弁。比較材料を提供することで、都構想の議論加速化を図る。
 改正案は、政令市の行政区をより広い権限を持った「総合区」に格上げできる制度の創設などが柱。区の権限強化や二重行政解消など、都構想と目的が共通する部分も多く、構想に反対する自民党や民主系会派など市議会野党に、対案として検討を進める動きがある。
 橋下市長は「(大阪には)都構想がふさわしいと思っている」と強調。一方で、同法改正案に関連し、「いくつかの案を用意して都構想と比較する議論にしていく」と、市議会に幅広い検討を促す方針を示した。 
 また、「権限移譲を進めると公選区長(が必要)になる。改正案で絶対譲れないのは公選区長」と指摘。改正案に公選区長制の導入を盛り込むよう、政府に働き掛ける意向を明らかにした。市議会には、公選区長制を取り入れた案も提示する考えという。
--------------------------- 引用終了 ---------------------------

 「都構想と比較し検討」「公選区長が必要」という点が強調されるため、様々に憶測されますが、次の市議会特別委員会での維新・河崎市議に対する橋下市長の答弁を聞くと、地方自治法改正案をかなり曲解した主張をされているようです。

 答弁の要旨は次の通りです。
〇地方自治法改正に基づいても、大阪市政の改革は進まない。
〇区長への権限移譲を更に進めようとするなら、公選区長が必要。
〇特に予算編成権を区長に移すためにも、公選区長が必要。
〇公選区長にするなら、公選区議会も必要。(市議が兼務)
〇公選区長にするなら、24区は絶対不合理で、5区だと思っている。

 橋下市長が「公選区長が必要」と主張しているのは、「区長を選挙で選べるようにしよう」と言ってるのではなく、行政区の権限強化を図る総合区を、強引にすり替えて「特別区みたいなもの」にしてしまおうと言ってるのだと分かります。
(普通に行政区や総合区の区長を選挙で選ぶことにしても、別に区長が予算編成権を持つことにもなりませんし、区議会も合区も必要ありません。)

 基礎自治体である市の中に、基礎自治体に相当する特別区を設置するのは制度的に矛盾しますから、地方自治法改正案も(漏れ聞く範囲では)そのようなものにはなっていません。
 橋下市長が主張する「公選区長が必要な総合区=特別区みたいなもの」は、彼の勝手な主張であり、制度に対する曲解です。

 また、ここで議論している域内分権のコストと効果の観点でいえば、それは都市内分権としてのメリットを失い、特別区と問題点の多くを同じくすることになります。


 次に特別区の場合のコストと効果です。
 特別区の場合、業務分割の選択の余地は無く、とにかく全部分割(一部事務組合への業務範囲と府への移管範囲が選択できる程度)です。
 コストは、とにかく全部分割なので、最大になります。それを少しでもマシにするためには、分権の効果を大幅に殺いでも、分割数をどれだけ減らすかになります。

 コストは、事務配置などに基づき、ひたすら真面目にコスト増となる内容を試算するしかありません。
 効果は、地域別のサービス選択の希望がどんな状態かによって、大きく変わります。

 上で挙げた「地域別のサービス選択の希望」の例は、様々なパターンを網羅するようにモデル化したものです。
 ここでは「地域別のサービス選択の希望」によってどう変わるかを考えるために、2つの極端なパターンを挙げてみます。

05希望パターン.jpg

 パターン1なら、特別区にした場合の効果は最大になります。「選択無し」の業務がどの程度あるかを十分に精査する必要はありますが、特別区(というより分市)を選択する十分な状況に思います。

 パターン2なら、コストが掛かるばかりで、(サービス選択を改善する)効果は見当たりません。 

 橋下市長は、過去のタウンミーティングで、行政サービスに対する希望は、区によってバラバラだと主張されていました。
 でもそうであれば、24区をそれぞれ特別区にしなければ、サービス選択を改善する効果は見込めません。現在の大阪都構想の、複数区をまとめて5つの特別区にするというのでは、駄目なはずです。主張として、合理性を欠いているように思います。

 わたし自身の中では、パターン2の方にかなり近いのではないかと思っています。

 基本的には市民のひとりとしての実感がベースですが、客観的に説明できるものとして、区割り案についての議論の経緯が挙げられます。
 もし、パターン1にそれなりに近いのであれば、サービス選択の希望の分布に沿って区割り案は作らなければならず、そうして作った区割り案は、市民の多数に「当然のもの」として受け入れられます。
 サービス選択の希望の分布に沿って区割り案を作れば、特別区の規模はそれに付随して決まりますし、規模に差異が出てくるのも別に普通のことでしょう。
 でも、サービス選択の希望分布に沿った、市民の多数に「当然のもの」として受け入れられる区割りなど存在していないから、区割り案作成は暗中模索で、決定打になるものは出てこないでいます。

 また、現在橋下市長らが推す5区分離案は、「サービス選択の希望の分布」を評価項目にせず作成したものです。パターン1の状態であれば、区のまとまりとして不都合があると、もっと具体的な例を多数挙げた批判が出てきそうなものですが、そういった批判もあまり聞きません。

 区の組合せについて、決定的な指針もないまま、いくつもの区割り案が提案され、どれも「これだ!」とならない状況というのは、パターン2に近い状況でないと考え難いのです。

 「地域別のサービス選択の希望」がパターン2に近いとすると、大阪都構想による特別区の設置は、コストばかり発生し、(サービス選択を改善する)効果はほとんど期待できないことになってしまいます。
 では、(ここでの議論の方法に当てはめると)大阪都構想の主張の中では、どのように正当化しているのでしょうか?

(1)ひとつには、特別区に分割してもコスト発生はしない(逆に若干コストは減少する)と主張していることです。5区への分割はコスト増にならないが、7区への分割はコスト増になるので選択できないとしています。
 このコスト試算の問題点については、以前の記事「大阪都構想財政シミュレーション(その3) 今のサービス維持に必要な職員数が知りたいのに」と「大阪都構想財政シミュレーション(その4) 家を建てるなら見積もりは取りたいよ」で議論しています。

(2)もうひとつには、サービス選択の改善が、地域別にどのように発生するかには言及せず、「特別区の単位で、サービス選択ができるようになることが効果だ」としていることです。

(3)また、「自分たちでサービスを選べるようになる」といった表現で、「個々の市民が行政に望んでいることが実現される」かのように印象付けている点も大きいと感じています。
 上で説明した通り、特別区になっても「個々の市民が行政に望んでいること(で、現在実現していないこと)」の多くは、実現する訳ではありません。


 (2)の「サービス選択ができるようになることが効果」になるのかについて、少し整理しておきます。
 わたしは、「サービス選択の改善を伴わなくても、サービス選択ができるようになることが効果になるのか」については、概念的な意味では効果になると思います。
 でも、サービス選択の改善効果やコストと比較すると微小過ぎて、これらの議論の中では、無視した方が良いものと考えます。

 次のような例え話にしてみます。
--------------------------- 例え話開始 ---------------------------
 この菓子店では、アーモンド、ストロベリー、ミルクの3種類のチョコレートを、同じ種類だけの3枚セット(例えば、アーモンド3枚)で200円で販売しています。
 これを「どれでも3枚選べます」で販売した時、(販売コストも上がってしまうので)いくらであれば買って貰えるのか、200円でテスト販売をしながら、アンケートしてみました。

 「アーモンド、ストロベリー、ミルク」の3種類3枚をセットで購入したお客さんに聞くと、「選べるのはいいね」と言って「220円とか230円なら、この選べる方がいい。250円なら迷うなぁ」という返事が、一番多い回答でした。50円の効果が生み出せてるので、コスト上昇分を足して220円で販売しても、十分に喜んでもらえそうです。

 アーモンドだけの3枚をセットで購入したお客さんに聞くと、「別に選べるようにしたのは、良いと思うけど」と言ってくれましたが、「今の200円より高くなるなら、今のままの方がいいな」という返事ばかりでした。「良いね」とは言って頂けても効果額にはならないので、コスト上昇分の値上げをしてしまうと、不満に繋がってしまいそうです。
--------------------------- 例え話終了 ---------------------------


 最後に、少し逆説的な話をしてみましょう。
 分権の目的が、区長の権限を強めることではなく、次の表の「地域別のサービス選択の希望」を実現することだとすると、この表を与えられて、最も効率的に実現できる体制は、どういうものでしょう。

02希望分布.jpg

 実はわたしは、あまり区長への権限移譲を頑張らない場合の、現行の市役所体制だと思っています。確認をしてみましょう。

 業務01、02、03、08、09、10、15〜18は、現状と変えなくても表の希望通りになっていますから、全市統一で行うのが、最も効率的です。
 業務04、05、11、12は「m」→「r」へ切り替えですが、「r」を全市統一で行えば、表の希望通りになるのですから、全市統一で行うのが、最も効率的です。

 問題は業務06、13ですが、これも市役所体制の中に、abcef区を対象に「m」で実施するチームと、dghi区を対象に「r」で実施するチームを作って実現するのが、特別区の3ヶ所分割よりコストも低く実現でき、3区をセットにする特別区ではできなかった全ての行政区の希望通りのサービス提供となります。

 業務07、14はもっと容易です。基本的に「m」を全市統一で実施する体制を作り、その体制の中でdeghi区向けにだけ例外対応をできるようにするだけですから、業務06、13のように2チーム編成する必要すらありません。

 しかも、業務06、13の「m−r」の2種類のサービス提供に見える希望も、実はよく整理・工夫をすると、業務07、14のような「m−M」に置き換えられる場合が多いので、更に効率化が期待できます。

 ではなぜ、最も効率的に表の希望通りのサービス提供が行える、現行の市役所体制で行こうという話にならないのでしょうか?
 わたしは、現行の市役所体制が「表で挙げたような『地域別のサービス選択の希望』を把握すること」、それから「地域別に異なるサービス選択の意思決定を行うこと」を苦手としてるからだと思います。

 でも、地域の希望通りのサービス提供を効率的に行えるかもしれない方法があるのに、「苦手そう」だけで諦めるのは、ちょっともったいない気がします。
 次回は「何とかならないの?」みたいなことを議論してみたいと思います。


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posted by 結 at 15:20| Comment(0) | 行政組織 | 更新情報をチェックする
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